第四話「テーマパークにて」その二
佐々谷のスピリチュアルアタックによるダメージから立ち直るのにいくらか時間を要したが、しかし三十分後には僕の気分も何とかニュートラルに戻った。
前述のキャラのエンディングも先ほど見れたし、そろそろ僕もお腹がすいてきたので、ゲームを一時中断、レストランにでも行こうと立ち上がった、そんな時だった。
『チャレンジャー、カミン!』
いきなり、目の前の筐体がロック調の効果音を奏で、こちらを挑発してくる女性キャラが画面に映し出された。
「……やれやれ、この僕に挑戦とは、ね。今までの僕の戦闘を見ていなかったのか? ふん、まったく…………この身の程知らずが!」
僕は呟きながら、再度椅子に腰を落ち着けた。そして姿勢をただし、構え、ボタンの連打を開始したのである。
――が、
「あ、悪魔か……!」
三分後の僕の口からこぼれたのは、そんなセリフだった。
今まで僕は何百戦もの試合を経験しており、各地域で名を馳せるプレーヤーとも拳を交えてきたのである。負けることもたまにあったが、しかしそれはすべて紙一重の差。彼らとも、それほど大幅な実力差はなかった。これらの戦績からして、僕の実力も国内トップクラスであることを自認しており、そして僕に簡単に勝てる人間などいやしないということを心の底から確信していたのである。
しかし、この挑戦者は、僕に何もさせることなく勝利を収めてしまった。
小さな隙を見逃さずについてきて超必殺技を打ち込んでくるし、その後も簡単にコンボをつなげられてしまう、逆にこっちの攻撃はすべてガードされ、さらにはこちらのコンボは簡単に崩されてしまう。手も足も出ないという表現を最初に考案した人物はもしかしたらタイムトラベルでこの時代に来てこの試合を見て思いついたんじゃないかとさえ思えるほどの僕の負けっぷりだった。
目の前につきつけられた現実を受け入れられぬまま、今だわなないている膝に力を入れて立ち上がり、僕は向かい側に座っているこのチャレンジャーの容姿を視界に入れた。
その人は、
「……あっははは。まだまだ甘いねぇ」
有名ハリウッド俳優並みのハードボイルドなニヒル笑いを浮かべている――
――橡彩だった。
「く、橡さん! な、何でここに!」
「いやぁ、ちょっとね」
立ち並ぶ筐体を回り込んでこっちにやってきた橡さんは、鼻を斜上に持ち上げながら、
「……しっかし、ふふん、わざわざこんなところに入り浸ってるから、どれほどの腕前かと思えば、その程度とはね。少々期待外れだったかな」
「…………くっ」
「はん、才もなく、せいぜいの努力を積み重ねてもその程度の実力とは。何と虚しい人生か。あたしなら、そんな生き方は全力で却下だけれどね。自殺でもしてしまうかもしれない。あっはははははは」
「…………お、おのれぇ、貴様」
僕は歯軋りしながら呻いた――――が、想い人に「……お、おのれぇ、貴様」とかいうセリフを吐く男は一体どうなんだという部分に僕はようやく気付き、気を取り直して、
「……というか、橡さん、何でこんなところにいるの? 他の班員は?」
「いや、それが、ちょっとはぐれちゃってね。仕方なく一人でぶらぶらしてたところなんだよ。あっはははは」
……はぐれた?
いやまあ、確かに園内は結構広いし、今日はなかなかの人数が来場している。はぐれてしまうことも無きにしも非ずだろうが、いくらはぐれたって、橡さんも鷹野も携帯は持ってたはず。あれだけ仲がいい二人だ、お互い番号も知ってるだろうし(僕は知らないんだけれど)、連絡を取り合って落ち合えばいいだけの話だ。簡単に解決できる問題である。それなのに、一人でぶらぶらしてたって――
「――……ねえ、橡さん、まさか、まさかだけど…………君、もしかして班から『追い出された』んじゃ――」
「それでトイレに行こうとそこを通ったら、ちょうど加賀原が見えたじゃない? 何してるのかなぁって覗いてみたら、一人寂しくゲームなんてやってたもんだからさ、あたしが構ってやろうと」
「ちょ、ま、まさか、本当に見放されたの? ってか、それって、鷹野君にまで見放されたってことだよね? それって――」
「ほら、あたしって、和を大切にする女の子じゃない? 悲しんでる人を放っておけないタチじゃない? だからさ、あんたのことを見捨てておけなくて」
「だ、だって、鷹野君って言ったら、世界の人の良い人間トップ100を集めて煮詰めてろ過して固めたような性格の人だよ! 大概のことを笑って流してくれる人だよ! そんな人に見捨てられるって、橡さん、一体彼に何をし――」
「わかってる、わかってるから、加賀原。強がってるけど、本当はあんたも寂しいんだよね? 誰か構ってくれる人が必要なんだよね? だから、お姉さんが一緒に遊んであげるから。安心してついてきなっさい」
「一体、鷹野君達に何をしたんだぁぁああ!」
そんな断末魔と共に、僕はずるずると引きずられながら、園内へと連れ戻されていったのである。