第四話「テーマパークにて」その一
例えば、林間学校の帰りに遊園地のようなテーマパークで五、六時間遊ぶ機会があったとして、園内にはアトラクションが数え切れないほどあるにも関わらず入口の建物にあるゲーセンで丸一日ゲームに興じるような人間も学年に一人くらいはいるものであり、この羽根鳥高校第二学年においては、何を隠そう、僕こそがその立場を担っているのである。
別に、ナンセンスなどとは思わない。
ゲーセンだって立派なアトラクションだ。僕もしっかりとアトラクトされるのだ。それなら近所のゲーセンに行けばいい入園料が無駄になるじゃないか――――というツッコミもどうでもいい。高校生にとって学校行事は強制であり、その強制力の中でいかに人生を楽しむかという選択した結果、こうなるのだ。僕はしっかりと最善の策を弄している。人生を楽しむために百二十パーセントの力を出し切っているのである。後悔も戸惑いも何もない。
そんなわけで、その日の僕は気合が入っていた。
この日のためにストックしておいた百円玉の山をポケットに忍ばせてあるし、皮製のマイグローブも持ってきた。おまけにこの遊園地内での班分けでも、僕は他の仲良し四人組に無理矢理一人だけ交ざるということになっている。すなわち、僕が一人班から離れても、告げ口をするような人間はいない。かくして、この五時間をフルにゲーセンに使う準備は万端なのである。
そんな僕は、入場口で付き添いの先生方の注意事項を聞かされた後、皆と同様に中に入るような振りをしながら、教師陣のマークが離れたことを感じてから、真っ直ぐ急ぎ足でゲーセンへと向かった。これは時間との戦いでもあるのである。一分一秒も無駄にはできない。
途中、鷹野と並んで談笑しながらウキウキした表情で観覧車へと向かう橡さんを見て(そう言えば二人は同じ班だった)そのデートでも思わせるような情景に少々気分がブルーになったり、あるいはトイレに寄るところだったのだろう南川に
「おい、加賀原、明日、昨夜の反省会やるからな」
と釘をさされて思い出したくもない明日の予定を思い出してゲンナリしたりもしたが、それでも何とか胸に湧き踊っている闘志をくすぶらせることなく、僕は筐体の密集している楽園へとたどり着いた。
建物内に入り、中の筐体を一通り見回ってみると、僕の日頃の行いの良さ及びゲームにかける情熱をゲーセン神様も認めてくださったのだろう、僕の目当てのゲームがしっかりと導入されていた。なので、僕は通路から死角になっている場所を選び、腰を構え、「いざ!」と投入口へと百円玉を流し込んだのである。
――それからの戦いは、それはそれは過酷を極めるものだった。
今までまだ使ったことがなかったキャラを使いこなすことを本日の目標に掲げていたのだが、そいつがまたやたらに機動性が悪いもんで、さらには技のコマンドも複雑かつ困難なものばかりだったものだから、モノにするどころかバトルに勝利するのすら一苦労だったのである。特に後ろ斜め下から前へのレバーの回転が、この筐体の反応が悪かったという部分もあっただろうが、やたらに利きが悪く、それだけでこっちはミスを誘発されて結構不利――(中略)――比較的一撃一撃のダメージは大きいのだが――(中略)――どんな攻撃も当たらなければ意味もなく、逆に下手をすればこっちがサンドバック状態に陥ってしまう。敵が空中戦を得意としている場合はなおさ――(中略)――こんな奴を使いこなしたところでこの先何かいいことがあるなどとは微塵も思えず、つまりは一度こいつのエンディングを見ればそれだけで用が済んでしまうようなもので、強いて言うならこいつの弱点を見出しておけば敵として相対した時にいくらか有利に勝負を運ぶことが――
「――あら? あなた、こんなところにいたの?」
眼前の勝負に専心している僕の精神に、氷水を差すような声が掛かってきた。その主は顔を向けるまでもなく声だけで十分判断できるもので、つまりは佐々谷響子である。
僕は画面から顔を上げることなく、
「……ああ、そうだけど。何か文句でもあるのか?」
『オラァ! オラァ! 業火蹴りぃ! オラララァ!』
「……見ての通り、今の僕は武の道を極めんとする強敵達としのぎを削ってる最中だ。だから、あまり声を掛け――」
「呆れるのを通り越して、もはや感動すら覚えるわね」
佐々谷は僕の言葉を颯爽と無視し、銀縁眼鏡をくいっと持ち上げながら、隣の椅子にどっかりと腰を降ろした。
「折角のクラスメイトとの遊園地だってのに、一人でこんなとこで遊んでて、虚しくないの?」
「……うるさいな。虚しくなんかないよ。僕だって十分楽しんでる」
『オラァ! 灼熱落とし! 業火蹴りぃ! 業火蹴りぃ!』
「楽しんでる? ……ふん、まったく、今頃彩は、鷹野君と二人仲良くコーヒーカップでも乗ってるのかもねぇ」
『オラァ! ……ぐふぅ! オ、オラァ! オラララァ!』
「おっと、そろそろお昼の時間ね。ってことは、二人でランチでも食べてるのかしら? デザートなんかも食べてるかもね。アイスを二人で半分ずつ食べたりして」
『オララァ! 業火げ……ぐふぅ! オ、オラァ! ぐふぅ! ぐふぅ!』
「もしかしたら、二人の仲が縮まりすぎて、ラブラブに手を繋いでたりもするのかもね。そして、そのまま一緒にお化け屋敷に入ったり」
『ぐふぅ! ぐふぅ! ぐふぅ! オ、オラ……ぐふぅ!』
「お化けに驚かされて、思わず彩が鷹野君にしがみついちゃったりして。彩もあれはあれで見てくれは悪くないからね。あんな真っ暗な場所でそこまで近づいちゃったら、その先どうなることやら」
『ぐふぅ! ぐふぅ! ぐふふぅぅ! ぐ、うわぁぁぁああああっ! ――――ユー、ルーズ!』
「この遊園地を出る頃には、二人の間には昨日までなかった感情が芽生えてて、帰りのバスでも――」
「――う、うるっさいな!」
僕はコンテニューのカウントダウンを写している筐体をばしんと叩きながら叫んだ。
「な、なんなんだよ、もーっ! どこで何しようが僕の勝手だろっ! いっつもいつも僕に絡んできては、テンションが下がるようなことばっかり言って! 何っ? そんなに僕の心を折りたいのかっ? まさか、君が僕に気があって、ヤキモチでも焼いてるってオチじゃ――」
――ガシィッ
いきなり、僕は襟首をつかまれた。おかげで、続きを発声できなくなる。
ぎちぎちと僕の首を締め上げている佐々谷は、ロングヘアーをわさわさ逆立て、邪神のごとき冷笑を浮かべながら僕を睨みつけてきて、
「――あのね、世の中にはね、笑って許される冗談と、死で償うまで許されない冗談ってのがあるの。覚えておきなさい……」
「す、すいません……」
僕は、それだけ喉から搾り出すのが精一杯。
佐々谷はようやく僕の気管支を解放してくれて、
「そうじゃなくて、単に、私はこれでも結構な友達思いってことよ」
「……どういうことだ?」
「あなたのその恋心なんて、『口下手な男が、自分にも分け隔てなく話しかけてくれる女の子に、自分に気があるんじゃないかって痛い勘違いをしてる』っていう、ありがちなダメパターンでしょうに。そんな無益な災害で、友人を被災者にできないわよ」
ぐさりという、胸に深々と刃物が刺さったような効果音が聞こえてきた。
「何かの拍子に彩まで勘違いしちゃって、あなた達が結ばれるようなことになったら、彩にとっては人生転落の危機以外の何ものでもないわ。あなたを彩の部屋に連れて行った時の、あなた達のノリの合わないやり取りを見て確信したわよ。こんな何のとりえもない人間と結ばれて幸せになれる女性なんて、アリンコのメスまで探したっていやしないって」
……なんか、もう、生きるのが嫌になってくる。
「大体、彩も彩で、あの性格は世界中を探し回ったってあの子だけのだからね。珍獣みたいなものよ。希少価値はあるけど、決して真っ当に評価されるようなものでもないの。つまり、あなたにしても、犬にかまれたようなものなのよ」
珍獣って……。僕の想い人をそこまで言わなくてもいいだろうに。大体、君にとっても友人じゃないのか?
「そんなわけで、あなたのその幻想はさっさと忘れるのが世のため、人のため、私のためなの。不幸坂を転がり落ちていく友人なんて見たくないのよ、私は。わかった? というか、わかっておきなさい」
そんな捨て台詞と共に立ち上がった佐々谷は、ようやくゲーセンから出て行ってくれた。