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第九話「美術館にて」その二

 世界の大怪盗を相手に、僕ができることなんて、そうはない。というか、一つしか思い当たらない――――言わずもがな、僕が彼と最初に相見えた時に用いた手段である。

 すなわち、彼が現れるポイントに網を張ること。

 彼が予告状なんてものを送りつけている理由は、ようは警備をある程度密集させておきたいから。その警備の外側で自由に動きたいから。運悪く近所の警察官と鉢合わせする確率をできるだけ減らすためだ。

 そこに網を張るのである。

 南川から渡されたこの美術館周辺の地図をためすがえす見返し、僕が当たりをつけたのは、美術館から二キロほど離れた、閉業したホテルの駐車場。この周辺は商店もなく、田畑の間にぽつんぽつんと民家が並んでいるのみ。見る限り、この周辺でもっとも人に出くわしにくい場所である。

 僕は半ば駆け足でそこに向かった。そして、七時を五分ほど過ぎた頃に、ようやくそこにたどり着いた。

 その場所は、僕が地図から想定していたものとほとんど変わらなかった。明かり一つ点いていない三階建ての旅館がのっそりと建っていて、その隣に八台ほど止められる駐車場がある。道路沿いにある自動販売機くらいしか光源がない場所だった。

 やはりここなら、あいつが現れる可能性は十分ある。

 しかし今回は、そのど真ん中に座り込んでおくなんて手はもちろん使えない。僕の顔は向こうにばれているのである。見つかったらその時点で逃げられてしまう。

 だから僕は、塀をよじ登り、乗り越え、その奥に身を隠した。もちろん、奴が現れた時すぐに飛び出せるよう、近くにあったポリバケツの上に乗り、しゃがみこんで塀の向こうを覗き込むという体勢をとる。これなら、ワンアクションで駐車場に飛び出せる。

 その体勢のまま、僕は待った。

 時折、目の前の車道を車が通り過ぎるが、それ以外は何も近づいてこない。この時間に出歩くような場所はこの付近にはないし、そもそもこの付近に住民が少ないんだろう。田んぼから虫の鳴き声が聞こえるだけで、本当に静かな場所だ。僕はいよいよもって、この場所が奴にとっても好都合であることを確信した。

 あとは、奴がこの場所にちゃんと目を点けているかどうか、だ。

 正直、これは確率の問題だ。奴も僕同様、地図から潜伏場所を見つけているのなら、ここを選ぶ可能性は極めて高い。もし奴が他の手段でもって潜伏場所を探しているとしたら、僕には及び知らない問題になってしまう。

 とはいっても、僕にできることは、ここで待つことのみ。

 腕時計の蛍光の文字盤を見ると、すでに七時半を廻っていた。ここに来た時点で携帯の電源は切っているので、急に鳴りだして折角のチャンスを潰すなんていうアホな状況は生まれないはず――――ただ、一時間近く音信がないので、恐らく南川からは滝のような催促メールが届いていることだろう。この後もう一度携帯の電源を点けるのが少々恐ろしい……。

 

 ――がさっ


 突然、僕の鼓膜に、草を踏みつけたような音が届た。

 僕は思わず、ポリバケツから転げ落ちそうになる。

 何とかバランスをとり、僕は音をたてないように息を一つ吐く。そして、何の気配もなくこの草をかき分けるような音を立てたのは何者かと、自身の鼓動が速くなっているのを感じながら、僕は塀から頭を乗り出した。見ると、


「……ナ~」


 …………猫だった。

 歩道に立っている茶シマのデブ猫が、不審そうにこちらを見ている。闇の中でそいつの目がぎらりと光っていて、何だか怖い。

 僕が

「しっしっ」

 と歯ぎしり声を出すと、逃げる――――というよりも鬱陶しがるように、その猫は何ともなさそうにタタタタと道路の方へ走って行った。そして再度くるりとこちらを見、もう一度進行方向へ顔を戻すと、そのまま見えなくなるまで向こうまでのそのそと歩いて行った。

 ……まったく、人騒がせな。

 僕は肩を落とし、大きく嘆息し――


 ――その瞬間だった。


 最初、肩に温もりを感じた。そのコンマ一秒後、首に圧迫感を覚えた。次いで呼吸が完全に阻害され、自分が首を絞められていることにようやく気付く。

 首を覆うその腕を掴み、振り払おうと手に力を入れる。爪を立て、相手の痛覚を攻撃しようともがく。しかし、その腕を覆う布が厚すぎる。爪の先端が肌に届いている感覚がしない。なおも握力を最大限に発揮するが、一向に気道に酸素が流れ込んでくる気がしない。

 そして、気が楽になるのより、頭が真っ白になるのが先だった。

 腕に力が入らなくなり、平衡感覚がぐらつき、世界が歪んだような感覚に陥った後――


 ――ぷつりと、思考が途絶えた。

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