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第九話「美術館にて」その一

 今回の怪盗『砂時計』による遠野岩美術館への盗難予告については、いつもよりも大きな騒ぎが巻き起こった。この美術館のオーナーたる遠野岩家当主、遠野岩蒼次郎とおのいわそうじろう氏によって、


「怪盗『砂時計』を発見・捕獲したものに対し、本美術館に保管されている美術品の一つを無償で授与する」


 というお触れが出されたからである。

 そんな報奨が出ると聞かされれば、野次馬の眼の色が変わるのは当たり前だ。彼の美術館には数千万を超える名画や彫刻がいくつも並べられているのである。人一人を捕まえるだけでそんなものが貰えるというのである。宝くじなんかよりよっぽど期待値の高い金儲けのチャンスだ。

 学校でも休み時間のたびに誰かしらがこのことについて話していたし、街を歩けば一分に一回はこの話題について話す人とすれ違ったし、テレビをつければ一時間に一回はどこかのチャンネルでこの事件を扱っていた。日本中――――というと言いすぎかもしれないが、それでも知る限りほとんどの人がこの事件に関心を持っていた。おかげで、希少なこの美術館のチケットは(元々でさえ数万円の値打ちがあったものだというのに)ここ一週間で数十万にまで高沸したという話だ。

 正直なところ僕だって、彩さんから手に入れたこのチケットも、誰かに売って儲けた方が得じゃないかと思ったくらいだ(実際に、彩さんは「こんなことならチケットあげるんじゃなかった」と何度も呟いていた)。どう考えても、そっちの方が明らかに有益な使用方法だっただろう。

 なのに、南川は


「そんな一時の誘惑に負けて、未来永劫続く栄誉を投げ捨てるような真似をするな!」


 と言って、それを断固拒否。そして当然のように僕を引っ張って、予告日当日、この遠野岩美術館へと向かったのだった。

 この美術館は、街中の外れ、工場なんかが立ち並んだ郊外に立っている。

 外見は完全にいっぱしの美術館のそれだった。やたらに高い塀に囲われ、建物自体もうちの高校なんかより大きく、壁は夕日を反射させるほどに磨かれた白色。周囲の庭もきちんと手入れがなされていて、春や秋には一時間くらい散歩できそうなものだった。聞かなければ、そこが単なる私有地であるとはとても思えない敷地だった。

 バスと電車を乗り継いで僕と南川がその美術館にたどり着くと、やはり周囲は人だかり――――しかし、前回の博物館に比べれば、その混み具合はいくらかマシなように見えた。まあ、前回よりアクセスが悪い場所だし、中に入れる人間が限られているため、集う気になる人間も少なかったのだろう。何十万もするチケットを手に入れてまで本日ここを訪れる人間など、酔狂な物好きしかいないということだ。

 人ごみをかきわけ、僕ら二人も入館口へとたどりついた。

 チケットのもぎりのお姉さんは僕らをじろじろといぶかしむように見てきたが、チケットは本物なんだ、問題はなかった。数秒後、お姉さんも苦笑いのような顔になって(僕たちをどこかのお金持ちの子息とでも思ったのだろうか)、普通に中へ通してくれた。

 中世の城を思わせるような赤い絨毯が敷きつめられた階段を上り、左右に伸びた廊下に出ると、南川は


「よし、じゃあ、俺はこっちを見回る。お前はそっちの部屋だ。ちゃんと怪しい奴を捜すんだぞ」


 と言って、ずんずんと左の方へと進んでいってしまった。

 取り残された僕は、ここで立ちぼうけになっているのもなんだなと思い、しぶしぶと右側へと歩いて行った。そして、その突当たりの部屋に入る。

 そこは、宝石類をずらりと飾りたてている部屋だった。入口を入って正面には大きなショーケースに赤や緑の宝石が散りばめられた王冠が展示されていて、壁沿いにも指輪やらネックレスやらが鎮座している。照明は薄暗いのに、思わず目を細めてしまうほどに、やたらと眩しい部屋だった。

 しかし残念ながら、僕はまったくもってこの建物を見回るつもりなどなかった(それに、いつまでもどこまでも南川の言いなりになっているのも業腹だ)。なので僕は時間潰しと言わんばかりに、単なる来場客の如く、その展示物をぶらぶらと見回った。

 ……まあ、休日を潰されたのは極めて遺憾だが、ここに並べられているのは、この一生では二度とお目にかかれないような展示品ばかりだ。この際だからということで、僕は一つ一つじっくりと見て回ることにした(周りにはきょろきょろと部屋を見張っている大人が数人おり、僕に対して疑ったような視線を向けてきた。しかし、僕はまったく気にしなかった)。

 展示品をじっと眺めて隣の説明書きを見てということを繰り返すこと十数分。ふと、僕は一つのアクセサリーの前で立ち止まった。

 立ち止まって、じっとそれを見入ってしまった。

 その指輪が殊更にキレイだった――――というわけでもなく、少なくとも僕には、そこら辺の店に置いてあるものとそこまで変わらないように見えた。強いて言うなら、光の反射加減がなかなかに強く、その藍色の宝石が今まで見たものよりも少しばかり煌びやかに感じたくらいである。

 それは、オーストリアの王族の所有物だったものらしい。

 四百年前に豪商から寄贈されたとか、戦時中に一度盗まれたとか、そんな説明書きがプレートに書いてあるが、それらは別に僕にとって何の感慨もない。そのいきさつにも興味はなかった。ただ、単純に、僕は思ってしまったのだ。

 ――ああ、これはきっと『あの人』に似合うんじゃないか、と。

 ――『あの人』にこれを渡せば、きっと、あるいは必ず、喜んでもらえるだろう、と。

 そして、さらに思ってしまった。

 ――もし僕が『砂時計』を捕まえたら、これ貰えないかなあ、と。

 もちろん、そんな可能性は極めて低いことくらい、ゼロに等しいくらい低いことくらい、僕だってわかっている。いくら今まで二回ほど出会えたからと言って、そうそう何度も『彼ら』の手口を読めるとも限らない。それに警戒されている以上、その確率は余計に低くなる。期待するだけバカバカしい。

 だけど、いくらか考えて、やはり思う――――それを試みるのは僕の自由だ、と。

 僕の勝手だ、と。

 もしかしたら、この物語を『僕が彼女のお兄さんを捕まえ、指輪を手に入れ、それを彼女に贈るお話』に変えることもできるかもしれない。そんなハッピーエンドを紡ぐことができるかもしれない。

 そんな微かな期待を、しかし僕はしっかりと抱いてしまった。

 僕は、もう一度チケットを見た――――そこには『本チケットは記載日一日のみ有効。当日のみ、出入りは自由です』と書いてあった。

 僕は再度そのチケットを上着のポケットにしまいなおし、すたすたと部屋から出ていった。

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