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第八話「教室にてⅢ」その三

 次の日の朝、僕は前日のクラス分け発表の直前以上に緊張した心持で登校した。

 一体全体彩さんはどんな願い事をしてくるのか、僕にはまったくもって予想できていない。彩さんの思考パターンなど、僕ごときに読みとるのは不可能だ。もしかしたら、南川以上の無理難題をふっかけられるかもしれない。さらに僕の状況は悪化してしまうかもしれない。僕は自分で自分の首を絞めてしまったのかもしれない……。

 そんな不安と後悔を抱えながら、僕は我が教室へ続く廊下をとぼとぼと歩いていた。


「……あ」


 教室のドアに手をかけたところでふと僕に気付き、僕の方へ視線を向けてきた女子がいた。低血圧なんだろう、普段にも増して眉を吊り上げ、銀縁眼鏡の奥の目を瞑ってるんじゃないかと思うくらいに細めている佐々谷響子だった。


「ふん。朝っぱらから景気の悪い顔してるわね。こっちの気が滅入ってしょうがないわ」


 僕は、どっちの顔の方が暗いだろうかと思いながらも、


「……しようがないだろ。こちとら問題が山積みなんだ」

「どうせ、彩のことでしょ」


 佐々谷は教室内に歩を進めながら、つっけんどんに言ってくる。


「何て声をかけていいのかとか、どんな風に接したらいいのかとか、そんなくだらないことでぐじぐじ悩んでるだけなんでしょ。そんな脳内シミュレートだけで三年間が終わっちゃうわよ」

「そんな簡単に言うなよ」

「簡単なことじゃな――」


「――簡単じゃないよ!」


 僕は思わず荒げてしまった――――荒げてしまってから、他の人に聞かれたんじゃないかと教室を見渡す。しかし、教室内にはまだ生徒は四人しかいなく、四人ともこちらを気にしている様子もなかった。ので、僕は少し胸を撫で下ろしながら、いくらか声のトーンを下げて、


「……簡単じゃなくなってるんだよ」

「…………何が?」


 佐々谷は、僕のリアクションに驚いたんだろう、少しばかり目を開きながら尋ねてきた。

 僕は両肩をすくめ、


「鷹野が彩さんの幼馴染だって聞かされてからというもの、隠す必要がなくなったんだろう、彩さんの口から『鷹野』って名前を聞くことが増えてるんだよ。やたらに多くなってる。一回の会話で最低六回は口にする。その度に僕は歯噛みしてるっていうのに。……もう、精神的に辛いってことさ」

「……一度に六回も?」

「そうさ。昨日のメールの内容とか、テレビ番組についてとか、帰り際に話した内容とか。ひっきりなしだ。その度に、二人の仲がどれだけ深いか気付かされる。僕が入る余地がないことを思い知らされる。そんなことを毎日繰り返してて、暗くならない方がおかしいだろ。…………他にも、まあ、色々、あるにはあるんだけど……」

「……他にも色々?」

「あ、い、いや、それはまあ、こっちの話なんだけど……」


 僕は慌てて取り繕い、


「と、とにかく、僕は現在、相当に参ってるってことだ」

「……ふ~ん」


 佐々谷は眉間にしわを寄せ、目元のほくろを人差し指でぽんぽん叩き、考え込むような顔になった。次いで、


「……なるほどね」


 と、何やら納得したように頷く。

 僕は小首を傾げながら、


「…………何が『なるほど』なんだ?」

「ふん。つまり、あんたも、そして彩も、まだまだ子供だってことよ」

「……? 子供って、何がだよ。君だって同い年じゃないか」

「精神年齢の話をしてるの」

「僕の精神の、どこが子供だっていうんだ」

「まんま子供じゃない。まったくもって分かってないじゃない。二人とも。ようは、『どんな愛の言葉よりも、ジェラシーの方がずっと確実で明確な愛の証である』ってことよ」

「…………はあ?」


 僕は上ずった声を上げてしまった。

 ……いやいや、何でまた、いきなり『ジェラシー』なんて単語が出てくるんだ? 今までの流れからして、まったく関係ないだろうに。


「……しょうがないわね。一つ、いいことを教えといてあげるわ。いくら幼馴染と言っても、彩と鷹野君はそこまで突っ込んだ仲じゃないわよ。これでも彩とは七年の付き合いだからね、それくらいはわかってるし。……それに、彩が鷹野君のことをいまだにいつも名字で呼んでることがいい証拠でしょ」


 捨て台詞のようにそんなことを言って、佐々谷は自席へと向かって行った。

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