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第五話「橡彩宅にてⅡ」その一

 また聞きの話だが、林間学校から帰ってきた次の日の朝になんかは、クラスの中で、僕と橡さんの仲を勘ぐるような噂も立ったようである。もちろん直接僕にそれが伝わってくるようなことはなかったけれど(そこまで心安く話せる人間がクラスにいなかったとうのが一番の原因だったかもしれないが)、「あの二人ってそんな仲良かったんだっけ?」とか「確かにあいつら、最近よく話してるけど」とか「そういやこの前、二人並んで下校してるとこ見たなあ」とか、そんなありきたりかつ曖昧な会話が(僕の預かり知らぬところで)繰り広げられていたそうだ。

 これは、僕には少し意外だった。

 元々橡さんは大勢の男子とも仲が良く、男とどこそこで二人きりになろうが、そんなことはまったく気にしない人である(僕をいきなり自室に引っ張り込んだのがいい例だ)。彼女が誰か男と二人で歩いていたからと言って、それは大して珍しい光景でもない。今更そんなことで噂が立つなんてどういうことだろうと思っていたのだが、聞くとことろによると――――その相手が僕だった、というのが意外だったらしい。

 クラスの団体行動の際も割と独りでいることが多い僕だったので、そんな男が誰か女子――しかも、あろうことかの橡さん――と二人でテーマパークを回っていたというのが注目を集めたそうだ。これがもし他の男だったら、ここまで耳目を集めることもなかったかもしれない。僕だからこそのセンセーションだったのだろう。このことから、僕の客観的評価というものが伺い知れて、僕は少々気落ちしそうになった……。

 けれど、それはさておき、だ。

 内容に関して言えば、そんな噂をされて、当人たる僕は、正直なところ――――何となく嬉しかった、というのが本音である。

 たとえ絵空事に過ぎないとしても、仮定の話でしかないとしても、橡さんの名前と僕の名前が並べられるというのは、僕にとって決して嫌なことではない。もしかしたら僕と橡さんと釣りあうかもしれない、という可能性があるということなのだ。この噂を耳にして、本当に自分と橡さんが付き合うようになったらどうなるだろうかということを僕が空想しなかったと言えば、嘘になる。つまるところ――――僕は、儚くも淡い期待を抱いてしまっていた、ということだろう。

 けれど、やはりというか、その噂も永くは続かなかった。

 その日の午後にはすでに下火になっていたし、次の日にはそんな噂が立ったことなんて皆に忘れ去られていた。橡さん本人や、あるいはその班員がちゃんと事情を説明しただろう。それに、橡さんの相方は鷹野であるという意見が一般的なのである。今さら僕なんかで上書きされるとも思えない。

 少なくとも見てくれだけで言えば、並んでしっくりするのは誰がどう見たって鷹野の方だ。それだけは、僕にだって否定できない。僕が橡さんと並ぶことなんて、客観的に見てもあり得ないということなんだろう。恐らくツーショットで写真を撮ったとしても、切り抜いて張り合わせたようにしか見えないことだろう。僕と橡さんが並ぶなんて言うのは、結局は仮定の話でしかなかったということなんだろう。

 そんな現実を改めて思い知らされ、改めて僕はブルーになってしまっていた。

 おまけに、昼休みに鷹野がとことこと僕の方に近づいてきて、


「いやあ、加賀原君、悪かったね。僕らが橡を置いて行ったばっかりに、君に迷惑かけちゃったみたいで。本当ゴメン」


 と謝られて、何とも腹立たしかった。

 何だか、橡さんの隣には自分がいることが当然だと言われてるような気がした。僕が隣にいることがミスキャストだと言われているような気がしてしまった。もちろん、鷹野は根っからの善人で、心の底から僕に詫びていたのだろうが――――その心底にそういう前提があったことは、やはり彼にも否めないだろう。

 おかげで、僕はイライラしたような、しょんぼりしたような気分でその後の一週間を過ごすことになった。あっという間に日々がつまらなくなり、未来がナンセンスなものになり、刻々と時間を潰すのが億劫になっていた。

 このダウナー期間が一週間で済んだのは、思いがけない好機が僕に訪れたからである。

 林間学校から帰ってきてから七日目の放課後、僕が帰り支度をしていると、橡さんが僕の席に近づいてきて、


「加賀原、あんた、今日これから暇ある?」


 と聞いてきたのだ。

 僕が半ば驚きながらも、


「え? あ、ああ、うん。あるけど……」


 と答えると、橡さんは肩を落とし、安堵したような表情になって、


「よかった~。実は、明日の古典の宿題、わけがわかんなくてさ、困ってるんだよねー。おまけに、明日はあたしが指される番だからさ。ピンチで。だから、お願い、宿題見せて? ちゃんとウーロン茶ご馳走するから」


 と言ってきた。

 僕は、


「え? ……あ、ああ、うん」


 と、まごつきながら答えるばかりだった。

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