第76話 長谷川真昼、後方部隊でのんびりする
春の陽気が漂う若狭への進軍ルート。
私の気分はピクニックそのものだった。
「ふあ〜。若狭攻めねえ。あそこって小さな国だし、この大軍勢なら、私がバット振るまでもなく終わっちゃうんじゃない?」
私は馬の上で伸びをする。
今回の遠征は将軍義昭様からの「若狭武田家を再興せよ」という命令によるもの。
まあ、正義の味方ごっこみたいなもんだよね。終わったら日本海の新鮮な海鮮丼でも食べて帰ろうっと。
若狭湾には、お母さんの友達の人魚がいるって言ってたっけ。
私は会ったことないんだよなあ。この時代ならご先祖様がいるかな? 会う機会あるかな~。
なんて呑気なことを考えていた時だった。
先頭を行く信長様が、突然馬を止めてバットを空に突き上げた。
「全軍止まれ! これより進路を変更する!」
「は?」
「目標、越前! 朝倉義景の喉元、一乗谷まで駆け込むぞ!」
「はああああああ⁉」
私の絶叫が山々にこだまする。
若狭じゃないの⁉ 越前って、あの引きこもり名門・朝倉家が治める大国じゃん!
話が違うよ! これだからブラック企業のワンマン社長は!
毎回の恒例行事だけど、家康さんも勝家さんも秀吉さんも絶句してるよ。
「皆様、落ち着いてください、これは大義名分ある行動でございます」
ガヤガヤする全軍に、涼しい顔をした竹中半兵衛君が演説を開始する。
手元のモリミチボールが、カチリと音を立てて回る。
「実は確かな筋からの情報により、若狭武田家の当主・武田元明殿は、すでに朝倉家によって拉致され、一乗谷に軟禁されていることが判明しました」
「えっ、拉致?」
「ええ。つまり、元明殿を救出しない限り、若狭攻略は完了しない。よって、一乗谷へ攻め込むことは将軍家の命令に背くことにはなりません。……皆のもの! 承知しましたか!」
「「「おおおおおおおお!」」」
みんな単純だなあ。半兵衛君がオレオレ詐欺したら、織田家の大半が破産しそうだよ。
「半兵衛君、知ってて黙ってたの? 私にぐらい説明しておいてもバチが当たらないと思うんだけど?」
私がムスッとすると、隣にいた丹羽長秀さんが補足説明を始めた。
「真昼殿、若狭国は今ボロボロなのです。粟屋や熊谷といった家臣たちが勝手気ままに振る舞い、守護である武田家の権威は地に落ちています。そこへ朝倉が保護という名目で当主を連れ去った……。実質的な属国化です」
長秀さんが馬乗で続ける。
「我らが若狭に入っても、迎える主がいないのでは意味がない。だからこそ元凶である朝倉を叩く。これは機密中の機密。漏洩すれば、朝倉は身構えて待ち構えますからね。知っていたのは信長様、半兵衛殿、立案者の久秀殿、若狭攻め先鋒を承ったそれがし、それと光秀殿だけです」
「なるほどねえ……。結局、戦う相手が大きくなっただけか」
私がため息をついていると、背後から「クックック」という不気味な笑い声が聞こえてきた。
松永久秀さんだ。
「久秀さんが立案って聞いたんですが、なんでこんな策を取ったんですか?」
「朝倉は腐っても大国、ですが我らが若狭へ向かい、さらに北陸の雪解けで気を抜いております。単純に力で押せば数年を要してしまう攻略も、これならひと月で蹴りがつくでしょう」
久秀さん、佐久間信盛さんと細川藤孝さんの協力で大和の支配を強めたからご機嫌がいいね。
その恩返しも兼ねて、今回同行してるそうな。
「うへえ……さすがに数年はやだなあ」
私が唸っていると、信長様が声を張り上げる。
「先鋒は権六! 次鋒に十兵衛! 進め!」
「「承知!」」
ほっ、私じゃなくってよかった。
「信長様! それがしにも機会をくだされ!」
家康さんが、信長様に負けず劣らぬ声を張り上げた。
めっちゃやる気じゃん、このタヌキ。
「わかった。次戦の先鋒を務めよ! 家康!」
「ありがたき幸せ! 行くぞ三河武士ども! この戦、必ずや一番槍にて手柄を立ててみせまする! 邪魔する敵は全てホームランにしてくれよう!」
普段の慎重なタヌキおやじの姿はどこへやら、鼻息荒くバットを素振りしている。
本多忠勝さんや榊原康政さんたち三河ナインも、主君の気迫に当てられて殺気立っていた。
「……ねえセンイチ。家康さん、なんであんなにやる気満々なのかな?」
私が懐に尋ねると、センイチの代わりに家康さんの懐のノムサンがボヤき声で答えてきた。
『……やれやれ。恋は盲目と言うが、データ無視の暴走にならんといいがのう……』
私はハッとして、家康さんの視線の先を追うと、空に旭ちゃんの形をした雲が浮かんでるように見えた。
「旭殿ーー! 見ておられますかーー! この家康、必ずや手柄を立て、信長様に貴女様との婚姻の儀を申し込んでみせますぞーー!」
あっ、家康さんの目、ハートマークじゃん。
戦で大活躍して、褒美に旭ちゃん貰おうって魂胆だな?
駄目だぞ、家康さん。
ちゃんと本人……じゃなくって本猿に意思確認するんだぞ!
***
その頃、北の京と呼ばれる越前の一乗谷城では、当主・朝倉義景は優雅に蹴鞠に興じていた。
「ほっ、ほっ。……若狭での小競り合いなど、放っておけ。織田ごとき、この朝倉の威光の前では……」
そこへ泥だらけの伝令が転がり込んできた。
「一大事です! 織田軍、若狭を素通りし、敦賀峠を越えてこちらへ向かっております! その数、数万!」
「な、なんじゃと⁉」
義景は蹴鞠を取り落とし、顔面蒼白になった。
「信長め、狂ったか⁉ よもや峠を越えてくるなど……!」
家臣団も大混乱だ。
「防衛線が間に合わぬ!」
「どこの城で受けるのじゃ!」
右往左往の大慌てに陥る。
そんな中、1人だけ冷酷な笑みを浮かべている男がいた。
山崎吉家だ。
「ついに来たか、信長。マツキ殿、ミノル殿、ヨシオ殿……出番ぞ」
吉家の懐で、複数の英霊ボールが不気味に共鳴した。
***
越前の入り口の天筒山城を守るのは朝倉家の猛将・寺田采女正たち。
堅牢な山城を前に、織田軍は足止めを食らう……はずもなく。
「柴田隊! 参る! 者共! 日々の野球鍛錬を見せつける時ぞ!」
ズドォォォォン!
カキィィィィン!
バッターアウト!
寺田采女正をはじめとする朝倉の諸将は、柴田権六さん率いる先鋒隊に、半日も経たずに城を捨てて敗走してしまった。
「さすがは柴田殿、これで次はそれがしの番じゃな!」
ムフンムフンしてる家康さん、大丈夫かな?
恋路に思いを馳せすぎて、足元をすくわれないでよ?
なんか、めっちゃ死亡フラグみたいになってるし。




