第75話 長谷川真昼、三河軍と紅白戦をする
岐阜城の大広間で、信長様がイライラと貧乏ゆすりをしながら、手にした扇子をバキッとへし折った。
「あの越前の引きこもり野郎め……! 何度使者を送っても『雪が深い』だの『腹が痛い』だの、のらりくらりと躱しやがって! 上洛して将軍義昭様に挨拶ひとつできんのか!」
信長様の怒りの矛先は、越前の名門・朝倉義景に向っていた。
上洛命令を完全無視する朝倉に対し、信長様の堪忍袋の緒は切れかけているのだ。
そこへ京の義昭様から「若狭武田家を再興せよ」という命令が下る。
「上様は若狭国の守護・武田家が内紛で弱体化しているのをいいことに、近隣の勢力が好き放題していることを憂いております。……幕府の権威を取り戻すため、若狭武田家を再興せよとの仰せでございます」
使者の細川藤孝さんの言葉に、信長様は恭しく頭を下げ、承知した。
「大義名分は立った。我らは義昭様の名代として若狭へ出兵し、武田元明殿を救出する。……者共、準備はいいな?」
「ええ~また戦争? 私、岐阜の鮎料理まだ全制覇してないんですけどー」
私が文句を言うと、信長様はニヤリと笑った。
「安心しろ。家康と長政にも声をかける。盤石の布陣で押し潰すだけよ」
***
数日後、岐阜城下のグラウンドで出陣前の景気付けとして、同盟国・徳川家康軍を招いての紅白戦が行われた。
紅組は我らが織田軍。白組は三河からやってきた徳川軍。
今川氏真を北条家に亡命させ、ノリに乗ってるイケイケナインだ。
……泰朝が行方不明なのが、詰めが甘いけど。
「見てくだされ! ついに完成しましたぞ! 我ら三河のレギュラー陣を!」
家康さんが誇らしげに紹介してくる。
1番センター、服部半蔵正成、あの保長さんの息子だ。
保長さんは現役引退して、どこかの山で仙人になる修行してるそうな。
……仙人ってなんだよ。
2番サード、榊原康政。
3番ピッチャー、本多忠勝。
ほほう? ここまで若手を揃えたのか。
4番キャッチャー、徳川家康。
5番セカンド、酒井忠次。
6番ショート、石川数正。
ふむふむ、監督と中堅、おっさん組が中核だね。
7番ファースト、鳥居元忠。
8番レフト、大久保忠世。
9番ライト、平岩親吉。
ここもおっさん枠かな? 正直言って、みんなガチガチに緊張してるし、私たちの敵じゃなさそうだね。
わかるよ。信長様や権六のおじ様見て、萎縮しちゃってるんだよね、うんうん。
「小平太(康政)、あれが伝説の怪物、長谷川真昼か……」
「しっ! 様をつけろ、平八郎(忠勝)! 殺されるぞ……」
おいこら、なんで私に一番ビビってるんだよ。
しばくぞ、このバットで。
私が三河ナインに土下座させていると、キャッチャーミットを構えた家康さんが、キョロキョロとベンチの方を見ている。
そこにはねねちゃんや八重緑ちゃんと一緒に、秀長の妹猿・旭ちゃんが甲斐甲斐しくおしぼりを畳んでいる姿があった。
「……ポッ」
家康さんの頬が赤い。タヌキ顔が茹でダコみたいになってる。
『おい家康! どこ見とるんじゃ! 平八郎の球が荒れとるぞ! しっかりリードせんか!』
ノムサンボールがボヤき倒している。
『まったく、タヌキが猿に恋煩いとは……。月に向かって腹鼓でも打つ気か? 野球界七不思議に入れたいわ。ブツブツ……』
『愛人に現場の采配口出しされて解任された、どこかの誰かよりマシじゃろ』
『だからセンイチよ、際どいネタはやめい』
センイチとノムサンも、久々の再会に会話が弾んでいるようだ。
「あはは、家康さんったらウブだなぁ。旭ちゃんも満更でもなさそうだし」
私はベンチで麦茶を飲みながら笑っていた。
試合は本多忠勝さんの豪快なピッチングを、信長様が特大ホームランで粉砕したり、酒井忠次さんが四球からすかさず盗塁して、私の送球を背中に直撃して海老みたいに背中反らせて担架に運ばれていったりと、和気あいあいとしたムードで進んでいく。
三河ナインは、なんか歯をカチカチさせてるのが多かったけど。
……でも、一つだけ気になることがあった。
「そういや長政さんは? まだ着いてないの?」
「長政殿は病気で、今回は不参加と連絡があったそうだよ」
「あの爽やかイケメンが熱? 変だなぁ……」
秀吉さんの説明に、私は首を傾げる。
あっ、まさか!
(長政さん、お市ちゃんのために毎日脛毛を一本一本抜いてるって言ってたよね……。それでスースーして、風邪を引いたのかなあ?)
私はそんな呑気な心配をしながら、平和な空気に浸っていた。
まさかその頃、北近江でとんでもない亀裂が走り始めているとも知らずに。
***
時を少し遡り、北近江・小谷城。
出陣の支度を整えようとしていた浅井長政の元に、隠居した父・久政が現れた。
「長政、また出陣か?」
「はい。将軍様の命です。若狭の武田家を助けよ、とのことでございます」
長政が兜の緒を締めながら答えると、久政は鼻で笑った。
「将軍が命じたのは信長だけじゃろ。信長め、長政を都合のいいように使いおって。……目を覚ませ、長政。信長は本気で幕府を再興させる気などないぞ」
「なっ……何を仰います。信長殿は義昭様を奉じ……」
「副将軍も管領も断ったのがその証拠よ。奴は義昭様を飾り物にして、自分が天下を操ろうとしているだけじゃ。本圀寺の時もそうじゃ。あれは信長が三好をおびき出すために、わざと警備を薄くして義昭様を餌にしたという噂ぞ?」
「そ、それは……」
長政の手が止まる。
久政は畳み掛けるように、冷たい声で囁いた。
「北畠との停戦もそうじゃ。将軍の停戦命令に激怒したそうじゃないか」
「……父上。それがしにどうしろと」
「今回は断れ。若狭討伐なんぞ、お主がおらんでもできるじゃろ。しばし頭を冷やし、冷静な目で情勢を見るのじゃ」
長政は苦悩の表情で俯き、やがて小さく頷いた。
「……承知、しました」
「うむ。……そうじゃ、良い機会よ。朝倉家から吉家殿が来ておる。交流し、見聞を広めるのじゃ」
小谷城の奥まった一室で待つ、越前朝倉家の重臣・山崎吉家へと、長政は案内された。
吉家は一向一揆を鎮圧し、自信に満ちた笑みを浮かべている。
「やあ、吉家殿。一向一揆鎮圧に腕を揮ったと聞き及んでおります」
「長政様、ご機嫌麗しゅうございます。……ふふ、それがしの力ではありません。彼らの力です」
吉家が卓上に視線を落とす。
そこには合計4つの白球が鎮座していた。
「おや? その4つの白球。よもや英霊ボールでは? それがしもわずかではありますが、読みのコウジ殿の指導を受けたことがございます」
長政の問いに吉家は不敵に笑い、ボールの一つを手のひらに乗せた。
「左様。我が友マツキに導かれ、見つけ、倒して手中にした我が力の源泉にございます。彼らは一向一揆との激戦に、すこぶる役に立ちました」
吉家の手にあるボール――『マツキ』が語り始める。
『お初にお目にかかる。浅井長政殿。……吉家ともども、以降、よしなに』
マツキの自己紹介に合わせ、長政は眠っている3つのボールを見つめた。
動いていないのに、発せられる黄色と黒の縞模様のような覇気が肌を刺す。
『気になりますかな? このフミオは初代ミスタータイガースと呼ばれ、闘志あふれるプレーでファンを熱狂させた怪物じゃが、監督としては排斥運動をくらい失脚した経験を持つ者』
「ははあ……」
『次にミノル。ザトペック投法でジャイアンツをなで斬りにした伝説の投手。あれはファールと生涯言い続けた執念の男』
「はあ……」
『最後にヨシオ。牛若丸と呼ばれた華麗な守備で、鉄壁の内野を築いた名手。タイガースを初の日本一に導いた存在じゃが、最下位も多く経験している天と地を知る者』
「へえ……」
ちんぷんかんぷんな話に長政は戸惑うが、吉家は満足そうに頷く。
「この者たちは皆、それがしとマツキ殿との勝負に敗れ、今は眠っております。……ですが、能力を授与することは可能」
吉家はスッと、フミオを長政の方へ押しやった。
「そうです、長政様。このフミオをお貸しいたしましょう。かの者は物干し竿と呼ばれた長尺槍を振り回し、戦場を縦横無尽に駆け回った英霊。長槍を得意とする長政様には、これ以上ない相棒となりましょう」
眠っているフミオボールが長政の手に触れた瞬間、ボンヤリと黄色い光を放った気がした。
光は獲物を狙う虎の瞳のように、長政の心を鷲掴みにする。
「……物干し竿の、フミオ殿……」
長政の視線がボールの輝きに吸い寄せられていく。
長政は震える手で、フミオボールへと手を伸ばした。




