第74話 長谷川真昼、半兵衛君にぼっち疑惑を抱く
国友村から戻ると少し時間の余裕が生まれ、私は暇さえあれば木下家へ通っていた。
阿坂城で斎藤龍興の絶好調な奇襲を受け、重傷を負った木下藤吉郎秀吉――帰蝶様のお見舞いである。
暇といっても勘違いしないように。野球の練習や、八重緑ちゃんたち侍女のお手伝いで忙しくしてるのだ。
「秀吉さん、今日の差し入れは光秀さんが送ってくれた茶葉ですよー。あと、最新の城下町ゴシップも仕入れてきました!」
「ふふっ、ありがとう真昼。君が来てくれると、部屋がパッと明るくなるね」
秀吉さんは包帯を巻かれた痛々しい姿ながらも、いつもの穏やかで美しい微笑みを浮かべてくれた。
順調に回復してるし、復帰もそろそろ。
そんな彼女の部屋に、実の弟の斎藤新五郎君や丹羽長秀さん、前田又左さんやまつちゃん夫婦など、彼女と親しい人たちが入れ替わり立ち替わり顔を見せに来ている。
みんな、秀吉さんの怪我を心から心配しているのだ。
……ん?
私はふと、ある違和感に気づいて首を傾げた。
「あれ? そういえば……半兵衛君って来た?」
「半兵衛君? ううん、来てないわよ」
答えてくれたのは、秀吉さんの奥さんのねねちゃん。
もう、半兵衛君ったら。秀吉さんが帰蝶様であることを知っている数少ない美濃の旧臣なのに、いくら仕事が忙しいからって、ちょっと冷たすぎない?
ていうか……半兵衛君って、いっつも難しい顔して仕事ばっかりしてるけど。もしかして、織田家に友達いないんじゃ……?
そんな考えに至った私。ならあとは行動あるのみだ。
「ねえ? 半兵衛君のプライベート……仕事以外の素顔、知りたくない?」
私はすぐさま、ねねちゃんと秀長に尋ねる。
「知りたいか知りたくないで言うなら、知っておいて損はないわね。いざという時の交渉材料にできるわ」
「ウキッ!」
ねねちゃんが小悪魔的な黒い笑顔で賛同し、秀長もノリノリで親指を立てる。
「ちょっ……ほどほどに……半兵衛殿の迷惑にならぬように」
「「は~い」」「ウキー」
そんな秀吉さんの焦り声に生返事して、私たちは城内にいる半兵衛君の尾行を開始。
観察してみると、半兵衛君は実に多くの人と会話をしている。
おっ、信長様の執務室に入っていったぞ。
「信長様。長秀殿のゴニョゴニョ……久秀殿が」
「おう。長政と家康にも……ゴニョゴニョ……ムッ! 誰だ!」
ヤバい! 逃げろ!
私はねねちゃんを担いで曲がり角まで跳躍。なんとか危機を脱したのだった。
ふう、危ない危ない。信長様め、勘が鋭すぎるんだから。
あれ? 秀長は?
「ウキイイイイイイイイ」
信長様の執務室から秀長の断末魔が聞こえてきたような?
……秀長だから大丈夫……ということにしておこ。
「真昼。半兵衛君、あっちの襖に入ったわよ」
ねねちゃんの声に振り返る。
なんとね、信長様との話が終わったら、すぐさま別室に移動ですかい。
「安藤殿、氏家殿、稲葉殿。各領地の兵糧の供出割合は以下の通りに。一分の遅れも許されませんよ」
年齢が倍以上ある離れた西美濃三人衆のおじさまたちに、冷徹に理詰めで指示を出してるよ、半兵衛君。
……と、もう移動ですか。
「小六殿、小右衛門殿。この資材の調達を。あなた方なら3日でできますね?」
「へい! 半兵衛のアニキに任されたなら、死ぬ気でやりまさぁ!」
荒くれ者の川並衆たちに命じてるけど、なんで半兵衛君がアニキなんだよ。
小六さんと小右衛門さんのほうが見た目も年齢も上なのに。
「……ずっと誰かと話してるけど、会話の内容が純度100%仕事だ! 雑談ゼロじゃん!」
私が柱の陰でツッコミを入れると、ねねちゃんも呆れたように肩をすくめた。
「冗談も言わないわね。まあ、私の秀吉様もあんまり言わないけど、その代わり秀吉様はこっちの心臓をズキュンとする天女のような微笑を浮かべてくれるわ」
ねねちゃんとヒソヒソと同情していると、不意に背後から真面目な声がかけられた。
「コホン。……真昼殿、秀吉殿の奥方。こんな所で何をされているのですか?」
振り返ると、半兵衛君の弟で信長様の近習を務める重矩君が不審げな顔で立っていた。
「あ、重矩君! かくかくしかじかで、君のお兄ちゃん、織田軍で絶賛ぼっち説が出てるんだけど。ほら、重矩君でいう久太郎君とか新五郎君みたいな存在」
「……要は純粋な友、ですか。兄上に……? 確かに、仕事以外で誰かと談笑している姿は……思い出せませぬ……」
これはもう疑惑じゃなくて確定だね、弟から見てもいないなんて。
そう、私とねねちゃんで頷きあっていると……。
「何を雑談しているのですか? 仕事の邪魔ですよ、あなた方」
いつの間にか私たちの背後に、冷ややかな目をした半兵衛君本人が立っていた。
「兄上、実は……」
って重矩君! なんで話すの⁉
聞き終わった半兵衛君は、不快そうに僅かに眉をひそめた。
「下世話な探りを入れるのはやめていただきたい。友人くらい、僕にもいますよ」
「えっ⁉ 嘘⁉ 誰誰⁉ 言っとくけど、仕事の話だけじゃなくて『昨日の団子美味かったねー』とか、くだらない無駄話をする間柄だよ⁉」
私は食い気味に迫っていく姿に、半兵衛君はフッと余裕のドヤ顔を浮かべ、自信満々に答えた。
「安藤右衛門佐殿です。彼とは我が自宅で、個人的に飯を一緒に食う間柄ですからね」
安藤右衛門佐? 誰か知らないけど、名前が出てきた!
「ねえねえ、どんな人なの? 半兵衛君の友人って!」
「興味めっちゃあるわ。その人も策謀家なの?」
私とねねちゃんがグイグイ訊いていくけど、半兵衛君は余裕の笑みを浮かべるだけ。
「個人的なことですので。重矩、行きますよ」
ズルい、教えてくれないなんて!
私がプクッとふくれっ面してると、重矩君が嘆息して呟く。
「兄上、右衛門佐殿は親戚ではないですか?」
「え?」
キョトンとする私に、なおも重矩君は言い放つ。
「真昼殿。右衛門佐殿は安藤守就殿の次男ですよ」
重矩君のトドメの一撃に沈黙が流れる。
半兵衛君は憮然として、弟に余計なことを言いやがってと言いたそうな顔だ。
うんうん、兄弟ってこういうもんだよね。私だってお姉ちゃんの弱み握ったら確実に使うもん。
数秒後、私はこらえきれずに吹き出した。
「ぷぷっ! あはははは! 半兵衛君、それ友達じゃなくて親戚の集まりじゃん! 完全に身内! 全っ然友達いないでしょ! どんだけ人付き合い下手なの~!」
「ぼっち美少年。大丈夫、その属性、一部の界隈には需要めっちゃあるわよ」
私とねねちゃんに煽られ、図星を突かれ、完全論破された天才軍師は、普段の涼しい顔を真っ赤にしてムキになった。
「おや、言いますね真昼殿。そもそも友人の多さが人間の価値ではない。言っておきますが、僕は織田軍全将兵の顔と名前と役職を暗唱できます。あなたはどうです?」
「んなの覚えてるほうがおかしいでしょ! コミュ力と記憶力は別問題! 完全に論点すり替えてるじゃん!」
ギャーギャー言い合っていると、半兵衛君の懐からモリミチまで参戦してくる。
『やかましいわ小娘! 儂と半兵衛が友じゃ!』
「ボールは友達って、野球じゃない別競技になっちゃうから、モリミチはちょっと黙ってて!」
『り、理不尽じゃ……』
「全く。距離感がバグっている真昼殿と一緒にしないでいただきたい。大体、あなたは誰の懐にでも土足で踏み込みすぎなのです!」
「なんだとー! 私は気遣いできる女だぞー!」
ギャーギャーと口論を始める私と半兵衛君。
普段は誰に対しても大人びた態度を崩さない半兵衛君が、私相手には同年代の少年のような顔で言い返している。
そんな様子を見ていたねねちゃんと重矩君が顔を見合わせる。
((……この2人が『仕事以外のくだらない会話をする友人』なんじゃ?))
ひとしきり口論した後、私はバシッと半兵衛君の腕を掴んだ。
「はいはい、半兵衛君の負け惜しみはそこまで! ほら、行くよ!」
「どこへですか! 僕はまだ午後の軍議の準備が……!」
「秀吉さんの見舞い! 友達なら、怪我した仲間の顔くらい見に行くの! ぼっち脱却の第一歩!」
「真昼殿、わかりました。腕が抜けますので離してください」
「このくらいじゃもげないって! 大丈夫だって」
「いえ、通常ならそうですが、真昼殿ですと……」
「なんだとー!」
半兵衛君は不本意そうに文句を言いながらも、本心では抵抗しきれなかったのか、大人しく連行されていった。
「失礼しまーす! 秀吉さん、ぼっち軍師君を連行してきましたー!」
布団の上に身を起こしていた秀吉さんは、私の怪力に腕を掴まれてむくれている半兵衛君の姿を見て、目を丸くして、クスッと優しく笑った。
「……騒々しい女に連行されまして。お加減はいかがですか、帰蝶様」
半兵衛君がバツが悪そうに視線を逸らす。
「ふふ、半兵衛殿も真昼の強引さには敵わないようですね。……来てくれて嬉しいです」
かつての姫君の優しい微笑を見て、半兵衛君の肩から、フッと無駄な力が抜けたのがわかった。
「……帰蝶様には無茶をしてほしくないのが本音。……ですが、秀吉殿に無茶をしていただかねば、天下が織田の掌中にならないのも本音」
「お気遣い、感謝します。半兵衛殿、秀吉として、今後も私を思う存分に策で使ってください」
半兵衛君と秀吉さんが笑みを浮かべ合う。
よかったよかった。
私のお節介が、半兵衛君と秀吉さんの距離感縮めたね。
私もねねちゃんと笑いながら、光秀さんが送ってくれた茶葉でお茶を淹れるのだった。
「そういえば、秀長は一緒じゃなかったのか?」
「「あっ、忘れてた!」」
秀吉さんから言われ、私とねねちゃんが同時に叫んだ。
ちなみに秀長は、その日の深夜、木下家の戸を開けてバタンキューとグラブを握りしめて倒れたそうな。
信長様……猿にも容赦なく千本ノックしたのね。




