第73話 長谷川真昼、国友でインテリヤクザと遭遇する
私は信長様に連れられて近江の国友村に来ていた。
ここは鉄砲鍛冶の聖地。カンカンと金属を打つ音が響き、灼熱の炉の熱気が肌を焼く。
「あー……暑い。なんで私がこんなとこまで来なきゃいけないんですか? マネージャーの仕事って、もっとこう、スコアブック付けたり麦茶作ったりすることじゃないの?」
私が愚痴ると、前を行く信長様は振り返りもせずに答えた。
「麦茶なら後で飲ませてやる。今は道具だ。天下布武には数が要る。……それに、お前の考案した量産型金属バットの試作品も上がってきているはずだ」
「あ、私のバット! それはちょっと楽しみかも」
私と信長様、それに荷物持ちの又左さんと成政さんを加えた一行は、村一番の腕を持つ鍛冶屋の工房へと足を踏み入れた。
工房の奥では、頑固そうな親父さんが汗だくになって鉄を打っていた。
国友善兵衛。この村の棟梁だ。
「おい善兵衛。注文していた鉄砲とバット、進んでいるか」
信長様が声をかけると、善兵衛さんは手を止めずに怒鳴り返してきた。
「うるせえ! 見りゃわかんだろ! 注文は織田家だけじゃねえんだ! 公方様やら浅井様やら、あちこちから急かされて手一杯なんだよ! ……まあ、妙ちくりんな鉄の棒なんて注文してくんのはアンタらだけだがな!」
うわあ、機嫌悪い。職人気質全開だね。
その善兵衛さんの肩に、ふわりと浮かぶ白い球体があった。
あっ、英霊ボールだ。
『おや、お客さんかな? 善兵衛ちゃん、あまり邪険にしちゃいけないよ。商売は愛想も大事だ』
ボールから聞こえてくるのは、とても穏やかで優しそうな声。
発光も柔らかいクリーム色で、見ているだけで癒やされそうになる。
『……おや、そこにおるのはセンイチちゃんじゃないか』
私の懐にいたセンイチが、ビクッと震えて飛び出した。
いつもなら「儂を出せ!」と暴れるセンイチが、なぜか直立不動の姿勢で浮いていく。
『ご、ご無沙汰しております! セキネさん!』
『おお、元気そうで何より。噂は聞いとるよ。あの紳士なベットウさんを降したんだってねえ。やるねえ。あの人にはバファローズで世話になったなあ』
セキネボールはニコニコしながら、朗らかに話しかけてくる。
なんだ、いい人? そうじゃん。
「初めまして、長谷川真昼です。センイチの相棒やってます」
『よろしくね、お嬢ちゃん。ワシはセキネ。しがない隠居ボールさ』
私はすっかり気を許して、工房の中に並ぶ珍しい道具をキョロキョロと見て回った。
でも、センイチが私の耳元で震える声で忠告してきた。
『……おい小娘、気を抜くな。あの人はあかん。仏のセキネなんて呼ばれとるが、中身はインテリヤクザじゃ。怒らせたらワシより怖いぞ』
「えっ? センイチより怖いの?」
『ああ。若手時代パールス・バファローズで投手と野手の二刀流で鳴らし、弱小チームを率いてきた苦労人じゃ。腹の据わり方が違う。やり合ってた時の笑顔は、夢に出るほどじゃった……』
あの武闘派のセンイチがここまでビビるなんて……。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「おい鍛冶屋! いるか!」
すると工房の入り口から、土足で数人の武士が踏み込んできた。
家紋を見ると……三つ盛木瓜。朝倉家の家臣だ!
「越前の名門・朝倉家の注文を後回しにするとは何事だ! 織田ごとき成り上がり者の仕事など捨てて、我らの鉄砲を最優先しろ!」
使者の男は、善兵衛さんの作業台を蹴り飛ばした。
並べられていた工具が散らばり、善兵衛さんのこめかみに青筋が立つ。
「……ああん? 順番だって言ってんだろ。それに、今は大事な商談中だ」
「黙れ下郎! 我らを誰だと思っている! 天下の朝倉家ぞ!」
使者がさらに善兵衛さんを足蹴にしようとしたが、空気が一変する。
ブゥゥゥゥン!
さっきまで穏やかなクリーム色だったセキネボールが、どす黒い赤紫色に変色し、ドリルのような回転音を上げ始めたのだ。
『――ああん? おんどれら、今なんつった? 順番抜かしやと?』
低く、地を這うようなドスの利いた声が響き渡る。
え? どこから聞こえてくるの? もう1球、英霊ボールあるの?
『おいコラ、ピー! ワシのシマで何さらしとんじゃボケェ! 頭蓋骨かち割ってピーに沈めたろか! このピーが!』
あれ? ……セキネボールから聞こえてくるぞ?
「ヒッ! 口が悪すぎる! ていうか放送禁止用語連発でピー音がいっぱい入ってる!」
私は悲鳴を上げた。
これが仏のセキネの本性⁉ インテリヤクザってレベルじゃないよ!
『さっさと消えんかい! ピーすんぞコラァ!』
激昂した朝倉の使者が、顔を真っ赤にして刀に手をかけた。
「き、貴様っ! たかが球体の分際で無礼な!」
――トン。
そんな朝倉の使者の背中に、冷たい金属の感触が押し当てられた。
信長様と又左さんと成政さんが、金属バットの先端を使者の背骨にピタリと突きつけていたのだ。
「……動くなよ」
信長様の声は、絶対零度のように冷たかった。
「俺の商談中だ。……消えろ」
「動くと、自慢の鉄砲より先に風穴が開くぜ? どこがいい? 頭か? 金的か?」
「俺のバットはフルスイングしたくてウズウズしてんだ。容赦なんざしねえぞオラァ!」
又左さんと成政さんもニヤリと笑う。
圧倒的な殺気を放つ織田家チンピラ三人衆に、背後を取られた恐怖で朝倉の使者たちは「ひ、ひいいっ!」と情けない声を上げて逃げ帰っていった。
静寂が戻った工房で、善兵衛さんが舌打ちをした。
「チッ、余計なことを。できたてほやほやの新型の試し撃ちにしてやろうと思ったのによ」
いつの間にか手に火縄銃が握られている。
セキネボールも『残念じゃのう、血祭りにあげそこねたわ』と言いつつ、元の好々爺に戻っている。
……このコンビ、怖すぎる。
「そんなことをすれば、国友の商売に傷がつくだろよ」
信長様はバットを下ろし、又左さんと成政さんに合図した。
2人が背負っていた麻袋を、作業台にドサリと置く。
袋の口が開き、中から黄金色の輝きが溢れ出す。
堺の今井宗久たちから巻き上げた軍資金だ。
「なんの真似だ。金を積めば割り込みできると思ったか?」
善兵衛さんが睨むが、信長様は涼しい顔で答えた。
「違う。それは賃金の上乗せではない。投資だ」
「投資?」
「そうだ。善兵衛、お前の腕はいいが、数が作れんのが欠点だ。……この金で近隣の手先が器用な奴をかき集めろ。そして工程を分けろ」
信長様は、まるで未来の工場生産ラインのような構想を語り始めた。
「ネジを作る奴、筒を磨く奴、組み立てる奴。誰でもできる作業は素人にやらせろ。お前は仕上げと監督だけやればいい。……秘伝の技を独占するな、職人を増やして誰でもできるようにしろ」
「な、なんだと⁉」
善兵衛さんは激怒した。
「ふざけるな! 俺たちの秘蔵の技を、どこの馬の骨とも知れぬ素人に教えろってのか! 国友の沽券に関わるわ!」
「一人の名工が作る十丁より、組織で作る千丁が欲しい。それが天下布武だ」
「断る! 技は盗むもんだ、教えるもんじゃねえ!」
議論は平行線。職人のプライドと、信長様の合理性が真っ向から対立だ。
信長様はフッと笑い、バットを突きつけた。
「なら勝負だ。野球でな」
「はあ? 野球だあ? くだらねえ。こっちが負けるのが分かりきってるじゃねえか」
「なら、単純な力比べだ。こっちの投げるセンイチを、お前の鉄砲の威力で押し返せるか。……押し返せれば俺は引き下がる。だが、俺たちが勝てば国友の技を拡散させて量産体制を作れ」
信長様の提案に、善兵衛さんは肩のセキネを見た。
『面白えじゃねえか、善兵衛ちゃん。ワシのピストル打線ならぬ、ピストル投法を見せてやろうじゃねえか』
セキネボールも乗り気だ。
「いいだろう。その勝負乗った!」
「よし、真昼。投げろ」
「えっ、私⁉ 信長様がピッチャーじゃないですか! 4番ピッチャーなんでしょ⁉」
私が抗議すると、信長様は真顔で返してきた。
「俺はバッターに向かって投げるのが専門だ。鉄の塊に向かって投げる趣味はない」
「理不尽!」
「頑張れよ、真昼。ヨッ! 織田家の剛腕キャッチャー!」
「俺が投げてもいいが、信長様の指名は真昼だからな。根性だぜ! テメエなら勝てる!」
もう、又左さんも成政さんも調子いいんだから。
結局、私が投げることになった。
ん? ……工房の庭で、善兵衛さんが特殊な大口径の筒にセキネを装填して構えてるんですけど、なんですかそれ?
やるしかない。いや、殺るしかないねこれ。
私はセンイチを握り、マウンド代わりの土盛りに立った。
『相手にとって不足なし! 投手としても打者としても一流だったセキネさんの魂、力でねじ伏せる!』
センイチが燃え上がり、善兵衛さんが引き金に指をかけた。
「いくぞオラァ! 国友の意地、食らいやがれ!」
――ドォォォォン!
爆音と共に、セキネボールが射出された。
弾丸のようなライナー性の軌道!
「うおおおおお! 負けるかぁぁぁ!」
私は全身のバネを使い、センイチを全力投球。
空中で二つの英霊ボールが激突する。
ガギィィィィィン!
衝撃波が発生し、周囲の草木がなぎ倒されていく。
『甘い甘い! ワシの現役時代はもっと修羅場じゃったわ! ネモトちゃんやヒロオカちゃんと渡り合ったワシを舐めるなァ!』
『時代を切り拓くのはいつだって熱い闘志じゃ! 権威も伝統も、儂らがぶち壊す!』
空中で火花を散らす新旧の闘将たち。
力は拮抗している。
でも……!
「いっけええええええ!」
私の身体能力と信長様の時代を変えるという意志の強さがセンイチに乗り移り、セキネをジリジリと押し返し、最後は弾き飛ばして善兵衛さんの足元にズドンとめり込んだ。
土煙が晴れ、善兵衛さんは舌打ちし、弾き飛ばされたセキネボールが、ケラケラと笑いながら私の手元にやってきた。
『カッカッカ! 負けた負けた。いやあ、気持ちのいい直球だ。……善兵衛ちゃん、こいつらの勝ちだ』
「……チッ、クソったれ」
善兵衛さんは悔しそうに立ち上がった。
「わかったよ。金は受け取る。近隣から人を集めて、流れ作業で鉄砲とバットを作ってやるよ」
『織田家は無茶苦茶だが、停滞したこの国を引っ掻き回すには丁度いい。……世話になったな、善兵衛ちゃん。ワシはこいつらと行くわ』
「えっ、回収していいの?」
『おうよ。織田家なら天下獲れると確信したわ』
セキネボールが私の手の中で輝く。
『信長、小娘……織田家か。面白え。乗ってやるよ。あんたらのやり方になあ!』
善兵衛さんは背を向け、炉に向かった。
「持っていけドロボウ! その代わり、最高の武器を揃えてやるから、天下獲らねえと承知しねえぞ!」
信長様は不敵に笑い、バットを担いだ。
「任せておけ」
帰り道、私は手の中で眠りについたセキネボールを眺めた。
優しそうだけど、怒らせるとピー音が入るおじいちゃん。……取り扱い注意だね。
こうして織田軍は、国友衆による武器の量産体制という当時の常識を覆す兵站力を手に入れたのだった。




