第63話 長谷川真昼、茶筅丸君を捜す
京の都での将軍就任という大仕事や、南蛮人フロイスさんとの恐怖の野球試合という怒涛のスケジュールを終え、私たち織田軍は本拠地・岐阜城へと帰還していた。
「あー! やっと帰ってきた! 今度こそ本当の本当に、畳の上で3日間昼寝してやるんだから!」
岐阜城の門をくぐった直後、私は両腕を突き上げて大きく伸びをした。
戦場と接待の連続で、私の肩はガチガチ、足はパンパンだ。
今ならお姉ちゃんに「肩揉んであげる」って言われても、素直に背中を預けちゃうくらい疲労困憊している。
まあ、実際揉まれたら肩甲骨砕かれるんだけど。
そんなふうに私が休息への意気込みを語っていると、前方から気さくすぎる声が響いた。
「おう信長、戻ったか」
……ん?
私は目を丸くした。
信長様にタメ口⁉ 誰だっけこのおじさん?
いくら織田家が実力主義とはいえ、信長様に向かって「おう」なんて気安く声かける命知らずがいるなんて!
ところが信長様は怒るどころか、少しだけ表情を緩めて応じたのだ。
「どうした兄ぃ。なんかあったか」
……兄ぃ?
信長様に、お兄ちゃんいたの⁉
私がフリーズしていると、背後から秀吉さんが小声で解説してくれた。
「真昼、あの方は織田信広様。信長様の腹違いの兄上だよ。我々が京で戦ったり南蛮人と野球をしている裏で、十兵衛様とともに公家衆との面倒な折衝をしてくださっていたのだ」
ほへえ……お兄ちゃんいたんだ!
そういえば、法事とか軍議で見たことあったかも。
「お兄ちゃんが弟の部下として、普通に黙々と働いてるって、戦国時代凄すぎない?」
私がお姉ちゃんの上に立って「留守番ご苦労だったな、姉ぇ」なんて言おうものなら、1秒で下剋上されて物理的に地面に埋められる自信があるよ。
「まあ、信広様も謀叛したことあったけどな」
さらっと口にしたのは成政さん。
「マジで?」
「真昼が来る前だったか。信長様が美濃を攻めようとして軍を動かした時、帰れなくなるように国境を封鎖したのさ」
「ですが信長様は軍を反転させ、速攻で戻って事なきを得たのです」
長秀さんも解説してくれる。
戦国の世ではよくあること。武田信玄も若い頃、孫に会いに行ったお父さんを国境封鎖して追い出したそうな。
「それで、どうなったんです?」
「あの時のことは覚えている。信長様も信広様も指をパキポキ鳴らし、『タイマンだ』と言って奥座敷に消えていったのを。……半刻後、アザだらけの2人が笑いながら出てきたよ」
秀吉さんが遠い目をしながら、結末を語ってくれた。
「……何そのヤンキーの決着方法」
呆れながら呟く私だけど、兄弟喧嘩って拳が物を言うのが真理なのは痛いほどわかるよ……。
「勘十郎様も拳で決着しようとしていれば……」
何かを思い出したのか涙ぐむ勝家さん。
織田勘十郎信勝――七兵衛君のお父さんで、信長様の弟さんか。
私もこっち来て長いから、ちょっとは事情を知ってる。
信長様は七兵衛君を可愛がってるから普段は忘れがちだけど、戦国の骨肉の争いってえげつないもんね。
信広さんは信長様に近づき、何やらヒソヒソと耳打ちをした。
2人はそのまま連れ立って、城の奥へと消えていく。
半兵衛君、勝家さん、秀吉さん、長秀さん、又左さん、成政さんら一軍の諸将も、遠征中に溜まりに溜まった領地の政務を片付けるため、「それでは、失礼」「はぁ……仕事か」「素振りする時間が……」とボヤきながらそれぞれの屋敷へと散っていった。
「ん~~、みんないなくなった。センイチも信長様が持ってっちゃったし。これって誰も私を邪魔しない、昼寝の大チャンスじゃね?」
私はあくびを噛み殺しながら、ウキウキ気分で岐阜城の廊下を歩き出した。
目指すは自分の部屋のふかふかの布団!
……だったんだけど。
「……いない。あちらにもおられませぬか!」
「どこへ行かれたというのだ……!」
廊下の角を曲がったところで、斎藤新五郎利治君と坂井政尚さんが、血相を変えてコソコソと何かを探し回っているのに出くわした。
嫌な予感がする。関わったら絶対に昼寝の時間が削られるやつだ。
でも、スルーするのも悪いし……。
「どうしたんですか?」
私が声をかけると、2人は「ビクッ!」と肩を大きく揺らして振り返った。
「ま、真昼殿……!」
政尚さんが慌てて周囲を見渡し、「他言無用でお願いしますぞ」と念を押してくる。
新五郎君が、深刻そうな顔で小声で打ち明けた。
「実は……茶筅丸様が厠へ行ったっきり見当たらなくなってしまったのです」
「えっ? 家出⁉」
私の大きな声に、2人は「シーッ!」と顔の前で人差し指を立てた。
「城の警備は厳重ですので、外には出ておらず、まだ城内のどこかに隠れておられるはずなのです。ですが……」
新五郎君が深いため息をつく。
「これを信長様が知れば『城の警備を突破して外に逃げられないのか、情けない』と仰りそうですので、何としても内密に探し出さねばならないのです」
ちょっと待って。
信長様が情けないと思う理由、完全に家出推進派の理論じゃん! 普通「なぜ見失った!」って怒る場面でしょ!
心の中で激しくツッコミを入れつつ、私は胸を叩いた。
「任せて! 私も茶筅丸君を探すの手伝うよ!」
新五郎君と政尚さんはパッと顔を輝かせた。
「おお、ありがとうございます、真昼様!」
「見つけ次第、大広間へお連れください。奇妙丸様も、おごとく様も心配してお待ちですので!」
こうして私は貴重な昼寝の時間を返上し、茶筅丸君の極秘捜索ミッションに参加することになった。
***
私は政尚さんと共に、広い岐阜城の廊下や空き部屋を一つずつ確認して歩いていた。
茶筅丸君……次男で、おとなしくてニコニコしてるあのお利口さんが、いきなり隠れちゃうなんて。
「でも、どうして茶筅丸君、いきなり隠れちゃったんですか?」
私が疑問を口にすると、政尚さんは少し歩みを遅くして、ポツリとこぼした。
「どうも兄君の奇妙丸様、妹君のおごとく様とおのれを比較して悩んでいたので、原因はそれかと」
「……あー。あるあるですね」
「はい。……それがしも茶筅丸様の気持ち、何となくわかる気がするのです」
「えっと?」
「真昼殿も親類縁者やご兄弟に対し、劣等感を抱かれたことはあるのですか?」
「めっちゃあるよ! 特にお姉ちゃんには逆立ちしても勝てないし!」
私が即答すると、政尚さんはコクリと頷いた。
「……そういうことです」
私は不思議そうに政尚さんの横顔を見た。
「政尚さんもあるんですか? 上洛戦で大活躍して、信長様や半兵衛君が『柴田勝家、佐久間信盛、森可成、坂井政尚が上洛戦のMVPだ』って褒めてましたよ?」
私の言葉に政尚さんは苦笑した。
「本圀寺のMVPは光秀殿や秀吉殿、長秀殿たちです。……信長様はMVPを安売りしすぎですな」
たしかに、信長様はノリで全員MVPにしちゃう節はあるね。
「真昼殿……我が坂井家は元々、清洲織田家という、信長様とは敵対していた織田家に仕えていた一族なのです」
「マジで?」
「はい。我が叔父・坂井大膳は信長様と激しく争い、敗れ、今は行方知れず。……それがしは信長様にお仕えして多大な恩義を感じておりますが、同時に、叔父のような反骨の気概が自分には足りないのではないか? と、時折強い劣等感を抱くのです」
政尚さんの告白に、私は「ほへえ……」と相槌を打った。
劣等感って、能力が負けてるから抱くものだけじゃないんだ。
血筋とか、過去の因縁とか、いろんな形があるんだなぁ。
(茶筅丸君も、兄弟の劣等感以外に、隠れている理由あるのかも)
……劣等感は人それぞれ。なら、隠れ方も人それぞれだ。
信長様みたいに堂々と反抗して外に飛び出すなんてこと、おとなしい彼にできるわけがない。
茶筅丸君の性格なら、きっと……。
「……茶筅丸君なら、きっとあそこだ!」
私は一つの場所に目星をつけ、タタタッと走り出した。




