第62話 長谷川真昼、異文化交流する
京の都に、ついに平和と秩序が戻ってきた。
二条御所も無事に完成し、将軍義昭様もご満悦。
そんな中、今日は遠い異国・南蛮から珍しいお客様が来るっていうから、私もワクワクして早起きしちゃったよ。
「南蛮人! つまり外国人だよね! 英語通じるかな? ハロー! ハワユー!」
お姉ちゃんが駅前留学してたから、私も英会話は得意だよ。
昔のCMも、YouTubeで見たことあるもんね。
いっぱい漬けてー、いっぱい食べれる。
ジュルリ。
ん? 成績どうだったって? 知らんがな。
「……真昼殿、落ち着いてくだされ。南蛮の言葉はえいごというのではなく、ぽるとがる語です」
大広間でそわそわする私を、光秀さんがやれやれといった顔でたしなめる。
そして現れたのは、長いローブを纏った鼻の高い外国人と、通訳の日本人。
宣教師、ルイス・フロイスさんだ。
「オオ、コレガ噂ノ将軍サマト、オダ・ノブナガ様デスカ……」
フロイスさんは深々と頭を下げ、献上品を差し出した。
義昭様には、チクタクと音を立てる不思議な箱――置き時計。
「おお! 素晴らしい! 時を刻む音色、実に雅じゃのう!」
義昭様は子供のようにはしゃいでいる。
そして信長様には、球体の地図――地球儀が贈られた。
「ノブナガ様。世界ハ、コノヨウニ丸イノデス」
通訳のロレンソさんが説明すると、家臣たちが「地面が丸いなどあるか!」とざわつく。
でも信長様だけはニヤリと笑って、地球儀を指先でくるくると回した。
「ほう。世界もまた球か。……ならば、この世の理は野球にあるということだな」
「Hah?」
フロイスさんがポカンとしている。
あーあ、信長様独自の野球理論変換が発動しちゃったよ。
「おい、異人。お前、野球はやれるのか?」
「ヤキュウ? ……イエ、存ジマセンガ……」
「なら教えてやる。歓迎の宴の前に、一汗かこうではないか」
信長様の目がギラリと光った。
……あ、これアカンやつだ。
***
場所は二条御所の庭に作られた特設グラウンド。
カードは織田ドラゴンズ対宣教師チーム。
宣教師チームはフロイスさんとロレンソさん、あと護衛の人たち。
人数合わせに、その辺を歩いていた公家の人たちも拉致……もとい、助っ人に加えられている。
「えー、ルール説明します! 投げた球を棒で打って、走る! 以上!」
光秀さんがざっくり説明すると、フロイスさんは不安そうに金属バットを逆さに持った。
「Oh…… コレハ武器デスカ? 私タチ、争イハ好ミマセン……」
『甘ったれるなああああああ!』
私の懐からセンイチが飛び出し、空中で赤く発光して怒鳴り散らす。
『グラウンドに立ったら聖職者も王様も関係ないわ! 相手をボコボコにしてこそ礼儀じゃ! 死ぬ気でかかってこんかい!』
「ヒィィッ! 石ガ喋ッタ⁉ 悪魔⁉ デーモン⁉」
フロイスさんが十字を切って震え上がる中、無慈悲にもサイレン代わりのホラ貝が鳴り響いた。
プレイボールだ。
先発マウンドに信長様。キャッチャーは私。
「いくぞ、異人! 俺の歓迎、受け止めてみろ!」
ドォォォォォォン!
初球から容赦ない160キロ。
フロイスさんが「神ヨ……」と祈る暇もなく、ボールはミットに突き刺さった。
「ストライク!」
審判の光秀さんが冷徹にコールする。
「Wait! 速スギマス! 見エマセン!」
「知らん。見えぬなら心眼で見ろ」
信長様は聞く耳を持たない。
続く2球、3球と剛速球が唸りを上げ、フロイスさんはバットを振ることすらできず三振。
続くロレンソさんも、護衛の人たちも、次々と三振の山を築いていく。
「な、南無……じゃなくてアーメン……」
私はミットの中で十字を切りながら捕球を続けた。ごめんねフロイスさんたち、うちのボス、手加減って言葉を母親のお腹の中に忘れてきたの。
そして攻撃の回。
マウンドはフロイスさん、キャッチャーはロレンソさん。
織田軍の打線が火を噴く……というか、爆発した。
カキィィィィン!
「っしゃあ! ホームラン!」
信長様が放った打球が、二条御所の塀を軽々と越えていく。
続く私の打席。
「えいっ!」
ガゴォォォォォン!
私も負けじとフルスイング。打球は遥か彼方、京の町家の方角へ消えていった。
「あああああ! 屋根の修繕費がぁぁぁぁ! 予算がぁぁぁぁ!」
ベンチでスコアをつけていた村井貞勝さんが、頭を抱えて絶叫している。ごめん村井さん、後で請求書回してね。
初回だけで30点。
その後も攻撃の手は緩まない。権六さんのパワーヒット、長秀さんの芸術的流し打ち、一益さんの忍者走塁。
宣教師チームは守備につくことすらできず、ただただボールを追いかけて走り回るだけの地獄のマラソン大会と化していた。
3回を終わって、スコアは80対0。
フロイスさんはマウンドの上で、真っ白に燃え尽きていた。
「コレハ……神ノ試練デスカ? ソレトモ日本式ノ処刑デスカ……?」
そこへ、信長様がマウンドからベンチへ指示を出す。
「ふむ。俺と真昼以外、若手に交代だ」
「Oh! 神ハ見放サナカッタ! 助カリマシタ……」
フロイスさんが安堵の表情を浮かべる。
……甘いよ、神父様。
織田家の若手は、ベテラン以上に飢えているんだから。
「主君の命とあらば、神父様相手でも完璧に打ち崩します」
爽やかな笑顔で打席に入ったのは、完璧超人・堀久太郎くん。
彼はセーフティバントで揺さぶり、盗塁を決め、守備陣をかき回す。
「データ収集完了。慈悲は不要です」
続いて登場したのは蒲生鶴千代くん。
児童とは思えない冷徹なバッティングで、野手のいない場所へ正確にボールを落としていく。
「へへ! ワイを塁に出したらこうなるんやで!」
出塁したら、二盗三盗本盗して、あっという間に1点追加するのがクソガキこと五右衛門だ。
生意気は変わらないけど、京のクソガキ衆頭目として村井さんの指示で伝令役やってるせいで、英霊ボールなくても俊足に磨きがかかってるね。
こいつが本圀寺の件を伝えに来た伝令って知ったときは吃驚したよ。
「ヒャッハー! 異国の坊主だ! 首を獲る勢いでスライディングじゃー!」
そして森三左衛門可成さんの次男・森勝三くんが、暴走特急のように突っ込んでくる!
「コラ勝三! キャッチャーにタックル禁止!」
私が首根っこを掴んで止めたけど、宣教師たちは恐怖で半泣きだ。
「アリガトウゴザイマス。……私、眼ガ見エナイノデ、タックルサレタラ避ケラレマセン……」
「え? ロレンソさん、眼が見えないんですか⁉ 普通に歩いたり捕球できてるんで、気づかなかったです」
「ソレハ、心眼アルノデ大丈夫デス」
不敵に笑うロレンソさんは、ヒョイッとマウンドのフロイスさんにボールを返球した。
……心配いらなそうだね。てか、ロレンソさん、純日本人って聞いてるのに、なんでカタコトの日本語なんだよ。
試合中、フロイスさんが審判の光秀さんに縋り付いた。
「Please…… 私タチ初心者デス、少シハ手加減ヲ……ストライクゾーンヲ広ク……」
それを光秀さんは氷のような眼差しで見下ろした。
「ルールは絶対。情けでボールをストライクにはできませぬ。それが織田の秩序です」
「Oh…… 悪魔ヨリ怖イ……」
結果、5回コールド規定によりゲームセット。
スコアは108対0。
煩悩の数だけ点を取られた宣教師たちは、十字架のように大の字になって倒れていた。
***
地獄の試合の後、私たちを待っていたのは極上の宴席だ。
村井貞勝さんが手配した完璧な料理、心地よい室温、計算され尽くした席次。
そして信長様の親衛隊であり記録係の太田牛一さんが、興奮気味に鼻息を荒くしている。
「信長様の完全試合、並びに15奪三振! しかと『信長公記』に記しましたぞ! いやあ、神々しい! あ、フロイス殿、南蛮のお菓子カステラも用意しましたのでどうぞ」
「……アリガトウゴザイマス……」
さっきまで殺す気でボールを投げてきた連中が、今は笑顔で酒を注いでくる。
このギャップに、フロイスさんは情緒が追いついていない様子だ。
「どうだフロイス、汗をかいた後の金平糖は美味かろう?」
信長様が金平糖を差し出す。
「ハ、ハイ……デリシャス……(コノ人タチ、狂ッテル……)」
その日の夜、宿舎に戻ったフロイスさんは震える手で羽ペンを執り、本国へ送る報告書を記していた。
『……日本ハ恐ロシイ国デス。特ニ、オダ家ノ面々ハ……』
オダ・ノブナガ
『彼ハ破壊ト創造ノ王ナリ。球遊ビニオイテモ神ヲ恐レヌ暴虐ヲ尽くス。シカシ、瞳ハ純粋ナ子供ノヨウデモアル。魔王ト呼ブ二相応シイ』
ハセガワ・マヒル
『美シキ乙女ダガ、腕力ハ熊ヲモ殺ス。彼女ハ間接的ニ私ヲ何回モ殺ソウトシタ。間違イナク、アマゾネスノ末裔デアル』
アケチ・ミツヒデ
『彼ノ眼ニハ、慈悲ノ光ガナイ。律法ノ化身。笑顔デ反則ヲ切ル姿ハ、死神ヨリ恐ロシイ』
シバタ・カツイエ
『猪。タダノ猪。バットヲ持ッタ破壊神』
サクマ・ノブモリ
『影ノヨウニ存在感ガナイガ、気ヅクト得点シテイル。油断ナラナイ男』
キノシタ・ヒデヨシ
『猿ト呼バレテイルガ、容姿ハ美シイ女性ノヨウ。デモ男? 混乱スル。彼ノ打撃ハ魔法ノヨウニ滑ラカダ』
キノシタ・ヒデナガ
『コチラハ本当ニ猿。デモ、人間ヨリ礼儀正シイ。日本ノ猿ハ進化シテイルノカ?』
タケナカ・ハンベエ
『美少年ダガ、戦術ハ悪魔的。微笑ミナガラ相手ヲ地獄二落トス』
ムライ・サダカツ
『コノ組織デ唯一ノ常識人。過労死シナイカ心配ダ』
オオタ・ギュウイチ
『ノブナガヲ崇拝スル記録係。私ガトイレニ行ク回数マデ記録シヨウトシタ。ストーカー』
フロイスさんは書き終えると、深くため息をついた。
『日本……理解不能ナ国。デモ、カステラハ美味シカッタ。……肩……アガラナイ』
フロイスさんは肩を押さえ、ロウソクを吹き消して布団を被った。
「主ヨ、ドウカ私ヲ守リ給エ……」
こうして織田家と南蛮のファーストコンタクトは、歴史的な大勝と共に幕を閉じたのだった。




