第61話 長谷川真昼、深夜の爆走を強いられる
折からの大雪で真っ白に染まった本圀寺の境内は、青色の禍々しい光と野蛮な咆哮に包まれていた。
「ヒャッハッハ! 門を叩き壊せ! 今日は最高に、絶好調おおおおお!」
斎藤龍興が狂ったように叫ぶ手に、太陽のようにギラつく青色の英霊ボール『キヨシ』が握られていた。
光を浴びた三好三人衆の兵士たちは、もはや恐怖を知らぬゾンビ。
「ワッショイ! ワッショイ!」と掛け声を上げながら、丸太で寺の門をタコ殴りにしている。
「くっ、数も多いが、あの異様な陽気さは何だ⁉ 守備隊が……力任せの荒技で抜かれていく!」
光秀さんが冷や汗を流しながら絶叫する。
長秀さんも、秀吉さんも、必死に兵を鼓舞して門を支えているが、相手は全員バーサーカー状態。
このままだと全滅は時間の問題だ。
『ぬう、俺の絶好調を阻むとは、英霊ボールがおるな! 出てこい! センイチさん! モリミチさん!』
龍興の持つキヨシボールの叫びに呼応するように、秀吉さんの懐から2つの光が飛び出した。
『やれやれ。半兵衛に言われて保険として残ってみれば、絶好調バカが現れるとはのう』
青い炎を纏ったセンイチが不敵に笑い、隣では精密機器のような輝きを放つモリミチが、これ以上ないほど不機嫌そうに震えていた。
『おいキヨシ! お前がベイスターズを率いてる時に、開幕半年前に儂のドラゴンズに3対2で勝つってどういう意味だったんじゃ! 答えんかい!』
『んなこと覚えとらんわああああああ! 4対3で勝ったことしか覚えとらんわああああああ!』
キヨシボールが空中でモリミチに体当たりを食らわす。
『こっちだって言いたいことあるわい! キヨシにホームラン打たれたから辞めるわ、って本人に口にして現役引退するってセンイチさん! 野球人生最高の舞台でどんだけ失礼なことしてくれたんだあああああ!』
『当たり前じゃ! お前ごときに打たれるなんて腹立たしかったんじゃい!』
『センイチが引退した理由はサダオさんじゃろ! キヨシは当て付けじゃぞ!』
『んなことあるかああああ! 儂はドラゴンズOB会除名処分にしてきたサダオさんを、全くこれっぽっちも恨んでないわ!』
『『嘘つけ、めっちゃ根に持ってるじゃないか!』』
英霊ボールたちの、果てしなく続く口論から漏れ出す凄まじい波動が、織田軍の兵士たちに鉄壁の守備と不屈の闘志を注入していく。
兵士たちの動きがミリ単位で最適化され、三好兵の強振をことごとく無効化していく。
「な、なんだこの加護は……。センイチ殿たちが喧嘩してるだけなのに、味方がめちゃくちゃ強くなってる!」
長秀さんが驚愕する中、藤孝さんや三好義継さん、摂津守護の池田勝正さんに部下の荒木村重さんの援軍も駆けつけ、戦況は泥沼の膠着状態へと突入した。
***
岐阜城の自分の部屋で、私は感動のあまり震えていた。
「ふあぁ……。畳。畳ですよ信長様。見てよ、この平らな美しさ。私は決めた。今から3日間、接着剤で畳と合体する。金平糖を私の口に放り込む係以外、立ち入り禁止ですよ~」
私は新築の岐阜城の畳の上で、溶けたスライムのようにゴロゴロしていた。
上洛の激務、突貫工事、接待……全部終わったんだ! これぞJKの正しき休暇!
信長様も珍しく「勝手にしろ」と茶をすすっていた――のだが。
「申し上げます! 本圀寺にて、斎藤龍興率いる三好兵数千が急襲! 光秀殿、秀吉殿らが死守しておりますが、将軍義昭様の危機にございます!」
伝令の兵士が、雪崩のように部屋に転がり込んできた。
シーン……。
私の手元から、金平糖がパラパラと畳にこぼれ落ちる。
「……嘘……京に残ったみんな……」
「……馬を曳けえええええええ!」
信長様の咆哮が城全体を揺らした。
「この大雪、京まで数日かかってしまうでしょう。義昭様が義輝様と同じように弑逆されれば、京がまた大乱となるは必定」
久秀さんが天を仰いで嘆くも、そんなこと言ってる時間が惜しい!
「岐阜から京まで数日かかる? 3時間で着いてやる! 信長様! 私も行く!」
「当然だ。ついて来い!」
こうして私たちは、休憩時間わずか数時間で京への大返しをスタートさせたのだった。
深夜の美濃と近江路の視界は真っ白で気温は氷点下。
信長様は「電光石火の強行軍じゃあ!」と叫び、猛スピードで雪の中を突進していく。
ついてこれたのは、信長様、私、半兵衛君、成政さん、恒興さん、又左さん。それと久秀さんだけだ。
「はぁ、はぁ……。秀吉さん、秀長、長秀さんに光秀さん。ついでに村井さんに義昭様も無事でいて……」
祈る私の横で、久秀さんが指をさす。
「真昼殿、前を見てください。……あれが本圀寺の火です」
彼の冷静な声に私は顔を上げ、真っ白い空の京の街が、赤く染まっているのを目にした。
***
本圀寺を包囲していた龍興の元に激震が走る。
「報告! 岐阜より信長本人が、すでに瀬田の唐橋を越えました! 異常な速さです!」
「……は? 岐阜を出たのは昨日の夕方だと聞いていたが……。わずか1日だと? ……奴は空でも飛んだのか⁉」
龍興は絶句した。
さらに若狭の武田家や、和田惟政、浅井長政の軍勢もこちらに向かっているという情報が入る。
「……チッ。あっという間に信長軍がこっちの数倍の兵力か。絶好調の波が引く前に退くぞ!」
龍興はキヨシボールと共に闇の中へと消え、三好軍は四国へと退却していった。
夜が明け、泥と雪にまみれて本圀寺に滑り込んだ私は、馬からずり落ちて地面に突っ伏した。
「……ハア、ハア、ハア。みんな……無事?」
「逃げやがったか、龍興。判断力が稲葉山にいた頃とえらく違うな。……ったく。厄介な親戚よ」
信長様が爽やかな汗を拭いながら私の背中を叩く。
目の前では、ボロボロになった光秀さんと秀吉さんが、幽霊でも見るような目で私たちを見つめていた。
「の、信長様……? 真昼殿……? まさか、もう着いたのですか……?」
「みんな無事でよかったよおおおおおお! センイチもお疲れ様でしたあああああああ!」
『相変わらず騒々しい小娘よ。儂らがここに残った段階で、こうなることは予測済みよ。無事を喜ぶより、敵を屠れなんだことを嘆かんかい!』
「え?」
「まあ、要するに、三好三人衆をおびき出して殲滅させる策だったのですが……敵も中々にやりますね。即座に撤退する判断、さらに総大将が斎藤龍興。男子、3日会わざれば刮目してみよ……とはよく出来た格言です」
「んん? 半兵衛君、これってもしかして作戦だったの? あれあれ? 私が3日間休みたいって言ってたのをどう思ってたのかなあ?」
「休みなんてないのに……と、思っていましたよ?」
私の質問に、涼しい顔で言う半兵衛君なのでした。
私はみんなが無事なのに安堵と、私に休みはやっぱ存在しない事実に愕然として、一睡もせず駆けつけた疲れも出てきてパタリと倒れるのであった。
「そんなことより、上様は無事か?」
「はっ! 村井殿と一緒に奥座敷にて匿われております」
信長様の問いに、長秀さんが即答した。
久秀さんは雪を踏みしめながら、雪に覆われる本圀寺を見つめていく。
(クックック……将軍義昭の命すら策に使うか。面白い、織田信長。当面は従うとしよう。……だが、その事実を知った義昭がどう行動するか。それもまた楽しみだ)
――【目指せ京の都、将軍義昭上洛編】完
【海賊王に私はなる? 伊勢攻略編】に続く




