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なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件  作者: ハムえっぐ
【目指せ京の都、将軍義昭上洛編】

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第57話 長谷川真昼、三条河原の盗賊をアウトにする

 ついに、着いたよ京都!

 私の頭の中では、鴨川沿いを歩きながら抹茶ソフトをペロペロして、舞妓さんと「おこしやす~」なんて言い合いながら記念似顔絵を書いてもらう気満々だった。

 お手製の『新るるぶ京都・戦国版』には、金閣寺に銀閣寺、本場の和菓子のお店もしっかりチェック済み。

 ……だったんだけど。


「……う、嘘でしょ」


 鴨川のほとり、三条河原に足を踏み入れた瞬間、私の手から『るるぶ』が滑り落ちた。

 そこにあるのは、キラキラした古都の姿じゃない。

 焼け落ちた屋敷の残骸、瓦礫の山。道端にはボロを纏って虚ろな目でうずくまる人たち。

 漂うのは焦げ臭い匂いと、淀んだ空気。


「なにこれ……バイオハザードのステージ? 私の抹茶パフェは? 金平糖は? 全部、灰になっちゃったの……?」


 あまりのショックに私が膝をつきそうになっていると、隣で半兵衛君が冷徹でも悲しそうな声で呟いた。


「これが現実です、真昼殿。京は応仁の頃から激戦続き。奪い合い、食い散らかした花の都の成れの果てなのです」


「ひどすぎるよ……。みんな、ただ普通に生きたかっただけなのに」


「俺は先に行っている。宿場は東福寺だ。半兵衛、秀吉、秀長、又左。真昼についていてやれ」


 信長様は、そう言うと馬を走らせて行ってしまう。


「うう~。信長様ったら、ドライなんだから……」


「仕方があるまい。信長様と十兵衛殿、幕臣の藤孝殿で公家工作をして、村井殿を中心に治安回復をさせ、柴田殿たちも三好の残党に警戒しなければならんのだ」


 秀吉さんの解説が聞こえ、さらに赤い服の特攻隊みたいな格好の又左さんも呟く。


「しっかし、ひっでえ有様だな。真昼じゃねえが尾張や美濃の争いなんざ、ままごとだったと痛感するぜ」


「うう~。又左さん、将来牢屋確定みたいな恰好してるのに、根はいい奴だよ~」


「なんで牢屋確定なんだよ! この恰好は信長様親衛隊の証、赤母衣の一員だっつーの! 内蔵助や新介の黒母衣衆と合わせて20人もいない最高の栄誉なんだぞ!」


「成政さんの黒服は、正義執行人って感じするけど、ねえ?」


「それを言うな、真昼。俺も黒のほうがカッコいいって思ってんだから……」

 

 地獄絵図の現実逃避を又左さんとしていると、背後から疾風のような影が走った。


「おっと! ええもん持ってんなあ、姉ちゃん!」


 ――バサッ!


「ああっ⁉ 私のお昼ご飯のおにぎりセットが!」


 見るとボロボロの布を纏った少年が、驚異的な身のこなしで瓦礫の山を駆け上がっていく。

 私の昼食の特製おにぎりを手にして。


「ヒヒヒ! 織田の軍勢って、棒振りの鬼の集団なんやってな、呑気なもんやな! こいつはワイら『クソガキ衆』のメシ代にさせてもらうわ!」


 焼け残った橋桁の上に飛び乗った少年が、勝ち誇ったように笑う。


「このお! ……ん?」

 

 私の目に、クソガキの側を浮遊しているボールが映る。

 執念と闘志に満ちた黄色の光を放つ白球が、不気味に明滅していたのだ。


『なぬっ⁉ あの波動……間違いない、マサヤスさんじゃ!』


 私の側で浮遊しているセンイチが叫ぶ。


「マサヤス?」


『おう! 荒くれ者どもの巣窟、タイガースで苦労したお方よ。選手に殴られたとか色々言われてるが、ドラフト6位の高卒無名選手を抜擢して、後の4代目ミスタータイガースにした慧眼の持ち主じゃ』


『現役時代は三塁打の山を築いたスピードスター、マサヤスさんよ! 半兵衛、あのガキ、英霊ボールの力を盗みのブーストに使っておるぞ!』


 センイチとモリミチの解説に、カッチーンとなる。

 悲しみが一瞬で沸点を超えた。


「ちょっとクソガキ! 英霊ボールを窃盗の道具にすんじゃない! 英霊ボールも子供に盗みをさせるな! 野球で勝負しなさい!」


「ヘッ、誰がバカ正直に勝負なんてするかい! 捕まえられなきゃワイの勝ちや! あばよ、バカ女!」


 クソガキがマサヤスボールを握りしめると、彼の足に黄色のオーラが宿った。

 シュバッ! と地を蹴る音が響いたかと思うと、クソガキの姿がブレて見えるほどの加速で路地裏へと消えていく。


「逃がさないぞおおおお!」


 私もフルパワーで追いかける。

 ところが、クソガキの動きは直線的じゃない。

 曲がり角で急停止したかと思えば、壁を二塁ベースのように蹴って鋭角に方向転換。

 瓦礫の隙間をヘッドスライディングで潜り抜け、ゴミ溜めを飛び越えていく。

 これ、野球の盗塁とベースランニングの技術を完全に逃走に転用してる!


「ちょ、速っ! っていうか動きがエグい! 予測がつかないんだけど!」


 翻弄されて目を回す私の背後から、落ち着き払った扇子の音が響いた。


「真昼殿、一旦止まってください。力で追えば逃げるだけ。あれは打球ではなく走者。ならば、我が方の守備陣で仕留めましょう」


 半兵衛君がモリミチボールを指先で回しながら、次々と指示を飛ばす。


「利家殿、三塁方向を封鎖! 力で進路を弾き返してください!」


「おうよ! 泥棒野郎、俺のバットの壁を越えてみな!」

 

 又左さんが路地の出口にバットを突き立て、仁王立ちする。


「秀長殿、一塁側の屋根伝いから視界を奪え!」


「ウキー!」

 

 秀長が猿の機動力で屋根に登り、クソガキの頭上から煙玉を投下!


「うわっ、なんだ⁉ 前が見えねぇ!」


「秀吉殿、遊撃手としてあの子の次の逃げ場へ先回りしてください!」


「心得た!」

 

 秀吉さんがショートの如き俊敏さで、五右衛門が飛び出すはずの路地先へ滑り込む。


 半兵衛君の完璧な九軍法でパニックになったクソガキが、唯一空いている広い河原へ向かって猛然とダッシュする。


「よし、あそこなら逃げ切れる!」


 でも到達地点には。


「アウトォォォォ! タッチアウトだよ、クソガキ!」


 私が両手を広げて待ち構えていて、ガシッ! とクソガキの首根っこを掴んだまま持ち上げる。


「ぐえっ……⁉ な、なんでここにおるんや……」


「半兵衛君の読み通りだよ! さあ、おにぎり返しなさい!」


「くそっ……殺せや! 失敗した泥棒に慈悲なんて要らんわ!」


 クソガキが涙目で毒づくけど、ぐぅぅぅ~、と情けない音が、クソガキだけでなく背後にいた仲間の子供たちの腹から大合唱された。


「……ったく。英霊ボールまで使ってやりたいことが、盗みなわけ?」


 するとクソガキが睨んでくる。


「言いたいこと言いやがって! お前らサムライが悪いんや! 見てみいや! 親を亡くしたクソガキどもの末路を!」


 その言葉に、私は何も言い返せない。

 腹を空かせた小さい子供たちが、立ってるのもやっとの姿で見つめてくる。

 ……そっか、この子も英霊ボールも、子供たちを護るために。

 でも、だからといって、盗みをする人間に未来はない。

 お父さんの口癖だ。どんなに貧乏でも盗みをしなかった子供時代が、お父さんの自慢だったのだ。


「泥棒なんてやめなさい。そんな脚があるなら、もっとマシなことに使うこと。……お腹いっぱい食べさせてやるから、ついてきて!」


 ***


 私たちがクソガキらを引き連れて向かったのは、京再建担当責任者のところ。

 そこには山積みの帳面を片手に、髪を振り乱して叫んでいるおじさんがいた。


「ええい、信長様も無茶を仰る! 『京の全市民に飯を食わせ、かつひと月で二条御所を建てろ』だと⁉ 算術の理を超えておるわ! 金も人手もどこから手に入れればいいんだあああ!」


 久しぶりの登場、織田家の影の苦労人、村井吉兵衛貞勝さん。

 たまに魂抜けて気絶してるけど、実務能力は神レベルの人だ。


「村井さーん! 炊き出し手伝いに来ましたよー!」


「げっ、真昼殿! なんでこんなところに! ……コホン。助かる、猫の手も借りたい状況なのだ!」


 私たちはクソガキたちに大鍋を持たせ、一緒に雑炊を作って振る舞った。

 警戒していた子供たちも、熱々の湯気と出汁の匂いに耐えきれず、ガツガツと飯を掻き込み始める。


「……美味ぇ。……泥棒して食う冷えた餅より、ずっと美味ぇよ……」


 クソガキがボロボロと涙をこぼしながら、マサヤスボールを私に差し出してきた。


「……勝負はあんたらの勝ちだ。詫びにこの喋る石、やるよ」


「殊勝じゃん。名前はなんていうの?」


「五右衛門や」


「五右衛門。あんたの脚は、いつかこの都に作る野球場で、ダイヤモンドを走るために使いなさい。泥棒よりずっとかっこいいから」


「……野球場? なんやそりゃ……ヘッ。また、飯食わせてくれるなら、考えてやってもいいぜ」


 鼻をすする少年の目に、わずかながら希望の光が宿る。

 秀長も飯を食い終わって、一件落着みたいに懐からキセルを出して一服しだした。

 出世もして最近調子に乗ってるな、この猿。


『おい、ゴンドウ……やなかった、センイチ。織田家は猿でもタバコを吸うんか?』


『マサヤスさん、気にしなさんな。それより、他の英霊ボールの情報あるかのう?』


『せやな。ヨシオが最近まで京におったが、いつの間にかいなくなってもうたわ。主を見つけたならええんやが……』

 

 私は回収したマサヤスボールの最期の一言を耳にしながら、整備が始まったばかりの京の街を見渡した。


「パフェはまだ先だけど……。この子たちが泥棒じゃなくてフルスイングで笑える日まで、私も頑張らなくっちゃ!」


「規律の第一歩は、腹を満たすこと。……真昼、ご苦労さま」


 秀吉さんの笑顔に、私は力強く頷いた。

 

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