第55話 長谷川真昼、自由契約選手に出会う
琵琶湖の南を抜け、織田・徳川・浅井・旧六角軍の連合軍、総勢5万。
この戦国時代最大級の上洛ツアーは、コミケの待機列も真っ青の圧倒的な行列となって京へ向かっていた。
「これ、現代の修学旅行なら新幹線何百台分? 京の人たち大丈夫かな? 吃驚して腰抜かすんじゃない?」
私は馬の上で、ボロボロになった『新るるぶ京・戦国版』を握りしめながらはしゃいでいた。
目的地は花の都の京。
私の頭の中は八つ橋と金平糖、それに舞妓さんとのツーショット撮影のことでいっぱいだ。
戦国時代だから写真はないけど、似顔絵屋さんはあるよね?
そんな私の浮かれモードを無視して、先頭を行く信長様の背中は冷徹なまでの覇気が漂っている。
美濃を獲り、いよいよ天下のマウンドへ。
信長様の目が、かつてないほど鋭く光っていた。
と、そこで一波乱が起こってしまう。
逢坂関を越え、京の入り口まであと一歩という街道のど真ん中に、たった1人で平伏して待っているおじさんが現れたのだ。
「……えっ? 誰? 路上パフォーマンス? もしかして京名物なの?」
私がそう口にすると、周囲の恒興さんや成政さんたちが一斉にバットを構え、殺気立った。
男は初老のおじさんで武器一つ持たず、質素な身なりをしていたが、私の目にも隠しきれない異様な色気と、一筋縄じゃいかないぜという狡猾なオーラを全身から放っていた。
あっ、お父さんの昔からの友人にそっくりかも。
私やお姉ちゃんには、珍しい世界のお菓子くれるいい人だったけど、お母さんはいつも殺気放って警戒してたなあ。
普通なら気絶するお母さんの殺気を軽くいなして笑ってたっけ。
なんでもお父さんが子供の時、ウサギ小屋で寝ていたら拉致されヘリで運ばれ、背中にパラシュートなんて付けられずに戦場に放り投げたとかいう人だそうな。
その人にお父さんは笑顔で対応してたけど、眼は笑ってなかったなあ。
そんなことを思ってると、渋くて重厚な声が平伏してる男から発せられる。
「……大和の住人、松永弾正久秀にございます。織田上総介様、および次期公方様……無条件にて、軍門に降らせていただきたくお待ちしておりました」
信長様が馬を止め、その人に冷ややかな視線を投げた。
「武器も持たず、何の真似だ。大和の梟雄が」
「はっ。手土産を持って参りました。信長様には天下の名物『九十九髪茄子』の茶入れを。そして義昭様には、黄金に輝く名刀を献上いたしまする」
久秀さんという人が見せてきたのは、高級ブランドの限定バッグより高そうな茶器と、切れ味抜群だぜと言いたそうにキラリと光る刀。
おお、凄い! お母さんとお姉ちゃんは、絶対に刀のほうを欲しがるレベルの眩い刃紋だよ。
私は迷う。どっちが高いんだろ?
私が感心していると、後ろの輿から義昭様が顔を真っ赤にして飛び出してきた。
「松永ァ! 貴様は我が兄・義輝を殺した大逆人であろう! 許すわけなかろう! 直ちにその首を刎ねてくれるわ!」
義昭様が激昂して久秀さんに詰め寄っていく。
まあ、お兄ちゃん殺した相手が目の前でしたり顔で現れたらそうなるよね。
そんな義昭様の怒りの言葉に、久秀さんは眉一つ動かさず、切なげな表情を作って語りだした。
「滅相もございません。義輝様を討てと命じたのは三好三人衆。それがしはその後、連中に将軍殺しの汚名を着せられ、今や三人衆が擁立した義栄公から討伐対象とされている身……。行き場を失った老いぼれにございます。何卒、我が汚名を晴らす機会を与えてくださいませ」
えええ……被害者アピール⁉ 言ってること正しいのかな?
そこで信長様が、横に控える光秀さんに視線を送る。
光秀さんは冷静に頷いた。
「……事実です。三好三人衆は大和に勢力を伸ばす松永殿が邪魔になったのでしょう。現在は決定的な決裂状態にあります。かの者の大和の勢力、戦力として申し分ありません」
すると幕臣の細川藤孝さんが一歩前に出て、鋭い声で詰問した。
「ならば申せ。東大寺の大仏殿を焼いた件はどうだ。三尊を灰にした悪行、これについての申開きはあるか?」
東大寺の大仏を焼いたの⁉ 凄いことするなあ。祟りとか信じてなさそうだよ、この人。
「……あれは戦地となり、不幸にも火矢が飛び火したまで。この戦国の世、弱肉強食の世を生き残るために足掻いた結果でございます。不徳の致すところであり、決してわざとではございませぬ」
絶対嘘だ! このおじさん、大仏殿が燃えるのを特等席で眺めながらワインを飲んでた顔してるよ!
私は内心でツッコミを入れつつ、センイチに小声で尋ねた。
「ねえセンイチ、松永久秀って義輝様が持ってた英霊ボールを奪ったって噂あったよね? 何か感じる?」
『……いや、何も感じん。奴の懐は空じゃ。シーズンオフのスタジアムのように冷え切っておるぞ。……奴からは英霊の波動は一切せん』
センイチの回答は意外なものだった。噂はガセだったのかな?
信長様はしばらく久秀さんをじっと見つめていたが、やがてフンと鼻で笑った。
「……であるか。松永弾正久秀。幕府に直接仕えるのは都合悪かろう。俺の下でいいならついて来い。汚名など、上洛の戦功で上書きすればよい」
「寛大なる計らい、痛み入ります。……これより、織田の天下布武のため、この松永久秀、誠心誠意、尽力いたしましょう」
久秀さんは深々と平伏した。
「の、信長! こやつと三好を許すなんて、余は認めぬぞ!」
「義昭様、敵を見誤ってはなりませぬ。敵は松永でも、三好でもありませぬ」
「な、なんじゃと⁉ なら、敵は誰だと言うのだ!」
信長様は真っ直ぐ前を見つめ、力強く呟く。
「戦乱を起こす、秩序でございます」
信長様の言葉に空気が引き締まった気がする。
長政さんも家康さんも真面目な顔をして頷き、久秀もフッと微笑んだ。
うんうん、秩序が争いを産むなら、秩序を変えなきゃだよね。
義昭様は、もっと反論したかったみたいだけど藤孝さんがそっと耳打ちしていく。
「三好家当主義継も、義昭様のために三人衆と戦う決意を信長殿に表明しております。三好家そのものを敵に回すのは、将軍の座が遠のくかと具申いたします」
「ぐぬぬ……ふう。そ、そうか、わかったぞ。信長、よきにはからえ」
こうして京を目前にして、織田家は松永久秀さんをチームに加えることになったのだった。
進軍を再開した行列の中、秀吉さんが隣の半兵衛君に不安げな顔で訊ねていた。
「半兵衛殿……あの久秀という男、本当に信じて良いのでしょうか?」
半兵衛君は扇子で口元を隠し、冷徹な瞳で久秀の背中を見つめた。
「……あの御仁は、常に自分が生き残るための最善の采配を振るっているだけです。織田家が滅亡の危機に瀕しない限り、裏切ることはないでしょう。……逆に言えば、負け色が濃くなれば真っ先に逃げ出すでしょうが」
「……うわぁ、最悪のスカウト物件じゃん、それって」
耳にした私が囁く中、秀長が親指を立ててくる。
俺に任せろって? 秀長も最近頼もしくなっちゃって。
……猿だってことを忘れちゃいそうだよ。
「もっとも、ほとんどの者がそうです。別に久秀殿だけではありません。ここにいる大部分がそうでしょう」
半兵衛君の追記説明に私は嘆息して言い返す。
「身も蓋もないなあ。言っておくけど、私は小部分のほうだからね」
私の言葉に、秀吉さんたちがクスッと笑った。
そんな私たちの前にいる家康さんも、懐のノムサンとボソボソと会話していた。
「ノムサン、どうしました? 震えていますが……」
『……クンクン。おかしい。松永久秀から、微かにブレイザーの臭いがするぞ……。あのシンキング・ベースボールの申し子……どういうことじゃ』
「ブレイザー? 英霊ボールを持っているということで?」
『……いや、儂の気のせいじゃろう。考えすぎや。家康、今は京でのデータ収集に集中せい』
ノムサンは自らの不吉な直感を否定するように、家康の懐の中で丸まった。
これで残る敵は三好三人衆だけだ。
さあ、私たちに対してどう出てくる?
英霊ボールもいっぱい持ってるといいなあ。




