第44話 長谷川真昼、FA市場を開拓する
吉乃さんの葬儀を終え、信長様が鬼になると宣言してから数日後。
小牧山城の大広間では、美濃攻略の最終フェーズに向けた軍議が開かれていた。
「半兵衛が去り、中濃も我らの手にある。だが、稲葉山城は依然として堅牢だ」
信長様が地図を睨みつける。
そう、竹中半兵衛君は稲葉山城を乗っ取った後、龍興に城を返してさっさと浅井家へ行っちゃった。
でも、稲葉山城は天嶮の要塞。龍興本人が無能でも城は簡単には落ちないのだ。
「力攻めすれば、井ノ口が焦土となる。それは得策ではない」
信長様の言葉に、懐のセンイチがブルリと震えた。
『なら、FA移籍させるまでよ』
「えふえー?」
私が首を傾げると、センイチが解説する。
『フリーエージェントじゃ。契約満了した選手が、より良い条件や環境を求めて他球団へ移籍する権利のことよ。稲葉山城を守る要、西美濃三人衆……稲葉良通、安藤守就、氏家直元の3人。彼らは龍興との信頼関係が切れているも同然。ならば、条件次第で獲得できる』
「なるほど! 引き抜きってことですね!」
私の相槌に信長様がニヤリと笑う。
「おう。あいつらは頑固だが、美濃への愛着は人一倍だ。龍興の元で国が滅ぶのを黙って見てはいられまい。五郎左、行ってこい」
「承知いたしました。私の人当たりの良さで、ガッチリと彼らの心を掴んでまいりますよ」
丹羽長秀さんが爽やかに請け負う。
今回の交渉団は、筆頭の長秀さんに加え、私、秀吉さん、秀長、そして切り札として斎藤新五郎利治君が選ばれた。
***
交渉の舞台は、長良川に浮かぶ鵜飼船の上。
夜闇に紛れての密会だ。川風が冷たいけど、かがり火の明かりが幻想的でちょっとドキドキする。
対面に座るのは、強面のおじさん三人組。西美濃三人衆だ。
空気が重い。胃が痛くなりそう。
長秀さんが穏やかな口調で切り出した。
「安藤殿。半兵衛殿が城を去られたこと、心中お察しします」
安藤守就さんが沈痛な面持ちで頷く。
「……婿殿は龍興様を見限った。儂も思うところがないわけではないが……」
「半兵衛殿は、信長様の紹介状を持って浅井家へ向かわれました。織田と浅井は同盟関係。つまり、織田につけば、また半兵衛殿と共に戦える日も来ましょう」
長秀さんの言葉に、守就さんが目を見開く。
「なんと……! 信長殿は、敵であった婿殿を見捨てなかったのか……」
「はい! 信長様は才能ある人が大好きですから!」
私が口を挟み、秀吉さんが続ける。
「安藤殿、龍興は前将軍義輝の弟君、義秋と約定した講和を一方的に破棄しました。これは天下に美濃は油断がならぬ、信用のおける相手にならんと喧伝したも同然。龍興を国主のままにしておくのは、美濃のためになりませぬ」
守就さんは深く息を吐き、力強く頷いた。
「わかった。婿殿が認めた織田家なら、美濃を託せるかもしれん」
よし、一人目陥落!
続いて、新五郎君が氏家直元さんの前に進み出た。
「直元殿。お久しぶりです」
「新五郎様……! 立派になられて……」
直元さんが感極まったように声を震わせる。
「父・道三と兄・義龍が愛したこの美濃を、龍興は守れません。私と共に、織田の中で美濃を守りましょう。兄上も、最期にそう願っておられたはずです」
義龍さんの最期を看取った直元さんだ。その言葉の重みは誰よりもわかっているはず。
「ウキー」
「秀長も、真面目な者が損をする美濃にいてどうするのだ、と憂いております」
本当に秀長がそう言っているのかわかんないけど、秀吉さんの通訳は本当にその通りだと思う。
お母さんの口癖だったっけ。真面目なお父さんが損をしないように私が頑張らないとっていっつも言っていたもんね。
そんな真面目な人を救うのも、私たち織田軍の役目なのだ。
「……承知いたしました。亡き義龍様のためにも、新五郎様をお支えします」
二人目も成功! さすが道三の血筋パワー!
けれど最後の難関が立ちはだかる。
稲葉良通さん。筋金入りの頑固者だ。
「断る!」
良通さんが盃を叩きつけるように置いた。
「儂は斎藤家に骨を埋める! 龍興様がどれほど暗愚でも、主君は主君じゃ! 裏切りなど、武士の風上にも置けぬ!」
「でも良通さん! 龍興さんは野球道具を粗末にするし、人質も年齢関係なくあっさり殺そうとするんですよ? そんなところに居て楽しいですか? 勝てますか?」
私が食い下がると、良通さんは鼻息荒く言い返してきた。
「楽しさや勝敗など二の次! 負け戦で散るのもまた、武士の美学よ!」
だめだ、話が通じない! 完全に心中モードだ。
秀吉さんも長秀さんも困り顔。
どうしよう、ここで決裂したら全てが水の泡……。
すると私の懐から眩い光と共にセンイチが飛び出した。
『頑固一徹者よのう、その頑固さは美徳じゃ。だが、使い道を誤るな!』
「な、喋る球体……? 半兵衛が持っているモリミチ殿と同じ……」
良通さんが驚いて目を白黒させる。
センイチは空中に浮かび上がり、怒りのオーラを放ちながら熱弁を振るい始めた。
『儂も現役時代、監督時代、頑固と言われた。頑固すぎて審判にすら噛みつく闘将とも呼ばれたな。だがな、それは勝利への執着ゆえじゃ! 負け犬根性で死ぬのが美学か? 違うだろ! 己の技術、采配を最大限に活かし、ファンである領民を喜ばせることこそがプロの武士じゃろがい!』
センイチの言葉に、良通さんがハッとする。
『今の冷遇になんとも思わんのか! 才能を飼い殺しにされ、負け戦の捨て駒にされることに、腹が立たんのか! 悔しくないんか!』
センイチの怒号が、夜の長良川に響き渡る。
良通さんの肩が震え始めた。
握りしめた拳が白くなっている。
「……悔しいに、決まっておろうが……!」
絞り出すような声だった。
「儂だって……思う存分槍を振るいたい! 稲葉良通ここにありと叫びたい! だが、龍興様は儂らを見ようともせぬ……!」
『なら織田に来い! 信長は厳しいぞ? 求めるレベルも高いぞ? だがな、結果を出せば必ず報いる。お前の飢えに飢えた槍働き、思う存分に披露できる場所は、もはや斎藤にはない。織田にしかないんじゃ!』
センイチの言葉が、良通さんの心の壁を粉砕した。
良通さんは震える手で盃を手に取り、一気に飲み干すと、それを川に投げ捨てた。
「……わかった。この良通、頑固ゆえに一度決めたら曲げぬ。今日より織田のために、死ぬ気で働く!」
「やったああああ!」
私たちは船が揺れるほど歓喜した。
秀吉さんも目を潤ませている。
「これで……これで美濃は……」
「ウキー!」
秀長もガッツポーズだ。
***
交渉成功の報告を受け、小牧山城は勝利ムードに包まれた。
「でかした五郎左、そして真昼たちよ。これで稲葉山城は裸同然だ」
信長様も満足げだ。
私は調子に乗って胸を張った。
「私、説得上手かも! これなら将来、カリスマ仲人になれるんじゃ?」
すると信長様は、呆れたように鼻で笑った。
「仲人? お前が? ……ハハハ! 自分の相手も見つけられん奴がか?」
「ぐぬぬ……! 見ててくださいよ! 天下統一したら、イケメン武将の玉の輿に乗ってやりますから!」
私が地団駄を踏むと、城内にどっと笑いが起きた。
吉乃さんが亡くなってから消えていた明るい空気が、少しずつ戻ってきている。
でも、信長様の目は笑っていなかった。
視線は鋭く、北の空――稲葉山城を見据えている。
「外堀は埋まった。……仕上げだ」
ついに、美濃攻略の最終決戦が始まる。




