第41話 長谷川真昼、流浪将軍の和議提案に安堵する
小牧山城の大広間で信長様は手にした書状を読み上げながら、ニヤリと不敵に笑った。
「面白い。流浪の身でありながら、命令だけは一人前か」
書状の差出人は、足利義秋。
そう、あの壮絶な最期を遂げた剣豪将軍・義輝様の弟君で、現在は奈良の興福寺を脱出し、還俗して次期将軍を目指しているお方だ。
「なんて書いてあるんですか?」
私が覗き込むと、信長様は書状をヒラヒラさせた。
「『余を奉じて上洛し、幕府を再興せよ! つきましては、織田・斎藤・浅井・六角の各家は私闘をやめ、協力して余を京へ迎え入れよ』だとさ」
「へえ~、将軍様の弟ってだけでそんなに偉いの? 命令一下で戦争ストップ?」
私は素朴な疑問を口にする。
だって、今は住む場所もなくて各地を転々としてるんでしょ?
ホームレス中学生ならぬホームレス将軍予備軍じゃん。
お父さんも子供の頃、住む家もなくて戦場を転々としていたって聞いたことあるよ。
お母さんと出会って結婚して、就職して住む家ゲットするのに何年もかかったって話だよ?
「腐っても鯛、落ちぶれても将軍家ってことよ。利用できる権威は何でも使う。今はな」
信長様の目が怪しく光る。
これは……悪巧みしてる時の顔だ。
『ふむ、コミッショナー通達みたいなもんか。従わねばペナルティがあるわけではないが、大義名分としては使える』
懐のセンイチも納得している。
なるほど、世論を味方につけるための「正義の味方」ポーズってことね。
***
稲葉山城は竹中半兵衛がたった16人で乗っ取って以来、斎藤龍興さんは城外へ締め出されたまま。
そんな膠着状態の中、1人の武将が仲介役として城門をくぐった。
彼の名は細川与一郎藤孝。義秋様の側近にして、文化人としても名高いインテリ武将だ。
「半兵衛殿、見事な采配でしたな。モリミチ殿の鉄壁、噂以上です」
藤孝さんは、広間に座る半兵衛君とモリミチボールに敬意を表した。
「ですが、このまま籠城を続けても美濃のためになりませぬ。義秋様の上洛のため、龍興殿と和解し、城を返還してはいただけませぬか?」
半兵衛君は静かに目を閉じた。
「……龍興様が義秋様に味方し、信長殿の上洛を助ける。それが条件なら、城をお返ししましょう。私の目的は、あくまで龍興様に目を覚ましていただくことでしたから」
『半兵衛、それでいいのか? あのバカ殿が改心するとは思えんが』
モリミチボールが心配そうに明滅するが、半兵衛君は寂しげに微笑んだ。
「無益な争いが止むなら、それで十分です」
藤孝さんは半兵衛君の潔さに感服し、身を乗り出した。
「なんと無欲な……。半兵衛殿、龍興殿の元には居づらかろう。いっそ幕臣となり、義秋様にお仕えしませぬか?」
将軍直属のスカウトというエリートコースに、半兵衛は首を横に振った。
「ありがたいお話ですが、私には行く当てがあります」
半兵衛は懐から一通の書状を取り出した。
宛名は『北近江・浅井長政殿』。そして差出人は『織田信長』。
「以前、信長殿から稲葉山城明け渡しの交渉を拒否した際、届けられたものです。『美濃にいられなくなったら、俺の義弟・長政を頼れ。あいつならお前の頭脳を活かしてくれる』と」
藤孝さんは目を見開いた。
「信長殿か……。うつけと聞いていたが、敵将の亡命先まで手配するとは。なんと細やかな気配りができる男よ」
半兵衛君は立ち上がり、深々と一礼した。
「では、私はこれにて。……モリミチさん、行きましょう」
『うむ。次はいい監督に恵まれるといいがのう』
半兵衛君とモリミチボールは、風のように稲葉山城を去っていった。
***
こうして足利義秋様の仲介により、講和が成立した。
斎藤龍興は稲葉山城に戻り、六角家と浅井家も和議を結んだ。
京へのルート、オールグリーン!
小牧山城は「いざ上洛!」とお祭り騒ぎだ。
「やったあ! 戦争なしで京都旅行だね! 舞妓さんに会いたい! 八つ橋食べたい!」
私は縁側で万歳三唱。
平和的解決、最高じゃん! これで血を見ずに済むよ。
「フフフ、真昼殿の食欲は相変わらずですね」
光秀さんもニコニコしている。
「これで一気に信長様が優位に立ちます。義秋様を奉じて上洛すれば、天下に号令をかけられますから」
「だよねー! あー、楽しみ! 何着ていこうかなー!」
私たちは完全に修学旅行気分で浮かれていた。
……そう、あの男が動き出すまでは。
***
稲葉山城のに戻ってきた龍興は、大広間で酒をあおっていた。
「くそっ! くそっ! 半兵衛め! 儂に恥をかかせおって!」
城は戻った。でも、プライドはズタズタだ。
たった16人に城を奪われ、将軍候補に過ぎない僧侶上がりの義秋に仲介されて解決した。
美濃国主としての威厳は地に落ちた。
国衆どもの気持ちが織田家に傾いているのを、この男でも肌で感じている。
「おのれ信長……! 儂を差し置いて上洛だと? 調子に乗るなよ……!」
龍興が酒瓶を投げつけると、闇の奥から、ぬるりと男が現れた。
「クックック……荒れておるな、龍興殿」
「だ、誰じゃ!」
現れたのは松永弾正久秀。
手には不気味に赤黒く光る二つのボール――フトッサンとブレイザーが握られている。
「講和など、破ってしまえばよいのです」
「な、なに……?」
「信長は今、平和ボケして油断しきっている。背中を見せて上洛の準備に夢中だ。……そこを突くのです」
久秀の言葉は悪魔の囁きのように甘く、龍興の憎悪に火をつけた。
「背中を……突く……?」
「左様。この二つの英霊ボールの力を貸して差し上げましょう。力のフトッサンと知恵のブレイザー。これがあれば、信長など一捻り」
フトッサンとブレイザーが共鳴し、禍々しい波動を放つ。
龍興の目が、濁った欲望の色に染まっていく。
「……そうじゃ。儂が美濃の主じゃ。信長ごときにデカイ顔はさせん!」
久秀はニヤリと笑った。
「その意気です。さあ、復讐の宴を始めましょうか。まずは美濃の国衆に人質を要求しなさい。信長と和議を結び、共に義秋を奉じるとなれば、連中は信長に寝返る動機もなくなる」
「なるほど、裏切りの芽を潰すのじゃな」
平和な空気の裏で、最悪の裏切りが準備されつつあった。
私は八つ橋食べ放題計画が、音を立てて崩れ去ろうとしていることになど気づきもせずに浮かれていた。




