第40話 長谷川真昼、将軍の最期を噂に聞く
京の都、二条御所。
日の本の中心のこの場所で、将軍・足利義輝は酒杯を握りつぶしていた。
「……余は飾り物か」
幕府の実権を握る三好三人衆――三好長逸、三好政康、岩成友通らは将軍の命など聞く耳持たず、好き放題に振る舞っている。
義輝の手元で鈍く光る英霊ボールフトッサンが、慰めるように明滅した。
『将軍、今は耐える時じゃ。フロント……いや、幕閣の意向に従っておけば、いつか出番は来る』
「……フトッサンよ。お主は我慢強いのう」
『ワシも現役時代、そして監督時代、フロントの無茶振りには散々泣かされたからのう。自分の理想とは違う補強、現場への介入……黒い霧……。じゃが、組織の中で生きるとはそういうことじゃ。耐えて、耐えて、いつか来る一発逆転の満塁ホームランを待つんじゃ』
かつて怪童と呼ばれ、剛打で球界を席巻した英霊の言葉には実感がこもっていた。
義輝は唇を噛み締め、酒杯の破片を床に叩きつける。
「だが……余の剣は、飾り物になるために磨いたわけではない! フトッサン見とれよ、余が乱世を終わらせるのを!」
『それでこそ、ワシが見込んだ男よ!』
笑い合う将軍と白球だったが、そこへ御所の外から鬨の声が轟いた。
「敵襲! 三好三人衆の軍勢です! 御所を包囲しております!」
「数はおよそ1万! 将軍家に叛意ありと!」
近習の悲鳴を耳にすると義輝は立ち上がり、名刀・三日月宗近を手に取った。
彼の顔には、絶望ではなく、ある種の晴れやかさがあった。
「是非もなし! フトッサン、余のフルスイングに付き合え!」
『……まったく、お主は不器用な男よ。じゃが、そこがワシと似ておるわ! 行くぞ将軍! ワシの怪童パワー、全てくれてやる!』
義輝が回廊へ飛び出すと、そこはすでに修羅場だった。
群がる三好兵へ義輝は咆哮と共に、刀を一閃させる。
ズドォォォォォン!
刀が空を切っただけのはずなのに、暴風のような衝撃波が発生し、前方の兵士たちがまとめて吹き飛んだ。
「な、なんだあの馬鹿力は!」
「人が小間切れに!」
「近寄れん! 誰か止めろ!」
三好兵たちが恐怖に顔を歪める中、義輝は止まらない。
畳に突き立てた数々の名刀を次々と取り替え、斬っては投げ、投げては斬る姿は、まさに阿修羅そのもの。
「ワシのフルスイングは誰にも止められん!」
『カカカ! いいぞ将軍! その調子じゃ! ライオンズ打線の如く打ちまくれ!』
フトッサンも光り輝き、義輝に無限のスタミナを供給する。
このままなら包囲網を突破できるかもしれない――そう思われた時。
「……野蛮なベースボールだ」
冷ややかな声が熱気を凍りつかせた。
戦場の混乱を他所に、悠然と現れたのは松永久秀。
彼の手には冷徹な光を放つ英霊ボール『ブレイザー』が握られていた。
『フトッサン……また君か。相変わらずフロントの言いなりになって、最後は使い捨てられるのか? No, That's not baseball. 信念を貫くべきだったな』
『ブレイザー! 貴様こそ自分の理想ばかり追いかけて現実を見ておらん! ドンデンの時もそうじゃ! あの時にあんたがフロントに従っていれば……。ワシにはワシの信念がある。ドンデン起用も信念を貫いた! ……ワシは今、将軍を守るために戦っておるんじゃ!』
かつて同じ釜の飯を食い、そして袂を分かった因縁の相手へフトッサンが激昂する。
久秀はボール同士の会話になど興味を示さず、鼻で笑った。
「ふん、ボールが何か喚いておるが……使える力なら何でも使う。それが乱世の習いよ。ブレイザー、策はあるな?」
『Of course. 彼はパワーはあるが、動きが直線的すぎる。死角を突き、チームプレーで封殺できる』
ブレイザーの指示が終わると、久秀は指を鳴らした。
「畳で足を狙え。四方から同時に突け。個の力など、組織的な暴力の前では無力よ」
三好兵たちが一斉に畳を持ち上げ、盾にしてジリジリと間合いを詰める。
義輝の剛剣も柔らかな畳に威力を吸収され、決定打にならない。
そして視界を塞がれた一瞬の隙。
ブスリ。
死角からの槍が、義輝の足を貫いた。
「ぐっ……!」
膝をつく義輝へ四方八方から無数の槍が突き出される。
「うおおおおおおおお!」
義輝は最後の力を振り絞り、刀を振るうが、もう衝撃波は出ない。
「おのれ……! 松永久秀……! 武家の棟梁を……舐める……な」
身体中に槍が突き刺さり、鮮血が舞う。
「武家の棟梁? 貴様は何をしていた? 剣の腕を磨くのが武家の棟梁のすることか? 武家を従わせられたか? 天下は治まったか? ……貴様が将軍のままでは、天下の乱れは鎮まらん」
久秀の刀が、義輝の胸を貫いた。
『将軍……! すまん……ワシの力が……ワシの力が足りんばかりに……!』
フトッサンが激しく明滅し、涙のような光の粒をこぼしていく。
「謝るな……フトッサン。……楽しかったぞ。……己の力のみを信じて振るう……これこそが……余の……」
義輝の手から刀が落ち、どうと倒れた。
稀代の剣豪将軍、足利義輝。享年30。
最期は壮絶な戦死だった。
『うあぁぁぁぁぁぁぁ! 将軍んんんんん!』
フトッサンの慟哭が響き渡り、やがて光は急速に失われていった。
主を失った英霊ボールは、深い深い眠りにつく。
敗北の代償として、ブレイザーの支配下に入り。
久秀は義輝の遺体から、光を失い黒い霧を纏うフトッサンを無造作に拾い上げた。
「クックック。力のボールと知恵のボールか、俺のために尽くせよ。これで天下は儂の掌中よ」
ボールをただの道具としてポケットに突っ込み、久秀は燃え上がる二条御所を後にした。
***
数日後、風の噂は小牧山にいる私の元にも届いていた。
「えっ、将軍様って一番偉い人でしょ? そんな簡単に殺されちゃうの? ……戦国ってやっぱ怖いとこだね」
私は縁側で、一益さんが持ってきた報告書を見て震えていた。
現代日本じゃ総理大臣が暗殺されたら大ニュースだけど、ここでは日常茶飯事のように語られる。
剣豪だったとか聞いていたけど、結局は数の暴力には勝てないんだ。
そこへ、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。
上方探索から戻った明智光秀さんが、見知らぬおじさんを連れて駆け込んでくる。
「信長様はいらっしゃいますか!」
いつも涼しい顔の光秀さんが、髪を振り乱して必死の形相だ。
連れのおじさん――幕臣の和田惟政さんも、ボロボロの着物で涙を流している。
「十兵衛か。騒々しいぞ」
奥から信長様が、相変わらずバットの手入れをしながら現れた。
「信長様! 京は松永・三好による地獄と化しました! 将軍義輝様は討ち死に……! ですが、これは好機。義輝様の弟君・義秋様を擁し、逆賊を討つ大義名分を得るのです!」
光秀さんが一気にまくし立てる横で、和田さんも土下座して懇願した。
「どうか……どうか織田様の力で、上様のご無念を晴らしてくだされ! あの松永久秀という外道から、京をお救いください!」
信長様は手を止めて、ニヤリと笑った。
獲物を見つけた猛禽類のように鋭く目が光る。
「待っていたぞ、十兵衛、惟政殿。その言葉をな」
信長様が立ち上がり、バットを空に向けて突き上げた。
「よし、上洛じゃ! 松永久秀とかいう主殺しからボールごと天下を奪い取ってやる! 全軍、出陣の準備をせよ! 今度こそ美濃を攻略し、京へと向かおうぞ!」
「「「オオオオオッ!」」」
城内に鬨の声が上がる。
美濃攻略に、京への上洛。
物語の舞台は、いよいよ天下の中心へと移っていく。
私は震える手を抑えながら、空を見上げた。
足利義輝……会ったことはないけど、安らかに眠ってね。
貴方の無念、私たちが必ず晴らしてあげるから!
……たぶん、信長様が!




