第39話 長谷川真昼、スカートを捲られる
「うおおおおお! 新五郎に続けぇ! 美濃のど真ん中に特大のホームラン叩き込んでやるわ!」
権六おじさまが、金属バットをこれでもかと振り回して絶叫している。
美濃攻略戦もいよいよ佳境。
信長軍本隊は、親龍興派で反半兵衛君派の鵜沼城、関城、堂洞城を次々と急襲。
そこで凄まじい大当たりを見せたのが、帰蝶さんの実の弟、斎藤新五郎利治君だった。
「ここです。この裏道を突けば、守備の陣形は崩れます!」
新五郎君の実家の勝手知ったるリードで殊勲を挙げまくり。
これに焦ったのが、権六さん、信盛さん、一益さんらおっさん組だ。
鵜沼城攻略で勲功第一等が秀長なのも、彼らに火を点けたのだ。
本物の猿が死角から軍勢率いて現れた時の、鵜沼城主・大沢次郎左衛門たち鵜沼兵の驚愕顔、一生忘れないほどインパクトあったよ。
秀吉さんと同じ侍大将に出世してる秀長に、私のツッコみも追いつかないよ。
「若造や猿に負けてたまるか! 見よ、儂の武力!」
権六さんはバットを金棒さながらに使い、城門を叩き壊して突破。
若手のテクニックに対抗して、おじさまたちが気合でゴリ押しするという、織田家野球部の層の厚さを見せつける結果となった。
そんな中、信長様の古参衆の実力者・森三左衛門可成さんも美濃の重要拠点・烏ヶ峰城を長井道利から見事に奪取。
信長様はご機嫌で、城を金山城と改名させた。
「気を抜くなよ。半兵衛は自分の策に従わぬ連中をわざと見殺しにしている。……あいつは寡兵でも瞬時に逆転できる自信があるのだ。ま、それはともかく今日は三左を労うぞ!」
そんな信長様の鶴の一声で、今日は金山城への新築祝い&視察である。
メンバーは私、信長様、センイチ、秀吉さん、秀長、又左さん、成政さん、恒興さん、長秀さん、久太郎君、そして殊勲者の新五郎君の若手メンバーの社員旅行。
「おう、町作りも進んでるな。結構結構……ん? あそこは何だ?」
信長様が指差したのは、整備中の城下町のど真ん中にポツンと用意された広大な空き地。
そこには槍をボールに持ち替え、藁で作った案山子に向かってひたすら球を投げ込んでいる可成さんの姿があった。
「三左、投球練習か」
信長様が尋ねると可成さんは汗を拭い、キリッとした顔で言い放つ。
「殿! それがしはこの空き地にて、貴方様からエースの座を奪うべく特訓中でございます! 久太郎や新五郎殿ら若手が増えてきましたが……この三左衛門、誰にもベンチ入りメンバーを譲る気はございませぬ!」
えええええ⁉ 三左さん、まさかの下克上宣言⁉
でも信長様はニヤリと笑った。
「面白え。俺の控えに甘んじるつもりはねえってか。……よし、今ここでテストをしてやる。真昼、ミットを構えろ! 野郎ども、三左の球を打ってみろ!」
というわけで急遽、金山空き地勝負がスタート。
可成さんの球は槍で鍛えた強靭な手首のスナップによる、手元で急激に沈むシュート回転の剛速球。
成政さんも又左さんも、「可成様のストレート、重い!」と手こずり、新五郎君に至っては気迫に押されてボテボテのピッチャーゴロ。
ベテラン、意地の快投である。
「ハハハ! やるじゃねえか三左!」
信長様が満足そうに笑っている横で、その様子をじっと見ている2人の男の子がいた。
可成さんの長男、傅兵衛君と、次男の勝三君だ。
傅兵衛君は「父上、すごいです!」と瞳を輝かせているけど、問題は次男の勝三君だ。
この子、野生児かよ、目が据わっているぞ。
お母さんの親友の子にこんなタイプがいたなあ。留守番任されて一緒に遊んだけど、やんちゃで手を焼いたっけ。
帰宅したお姉ちゃんにボコられて「サー、イエッサー」と返事するいい子になったけど。
そんな勝三君、何を血迷ったか試合の熱狂に紛れて私の背後に忍び寄り――。
「父上がいつも口にしている怪物の袴の下、拙者が暴いてくれるわ! 隙ありぃ!」
――バサッ!
私のミニスカートが、勝三君の手によって勢いよく捲り上げられたのだ。
「なんじゃ! 白い布が……! 蛇の鱗か!」
「…………あ?」
なんだこいつ? スカート捲りなんて、人生で初めてされたぞ。
私が小学校入学した時は小3のお姉ちゃんが天下獲ってたし、スカートを捲った男子は女装して小学校生活を送る刑が成立していたし。
「ヒヒヒ、どうじゃ! おなごはしょせんおなごよ! 織田家で一番の怪物は父上なのじゃ!」
勝三君は嬉しそうに笑っている。
周りの又左さんたちは「う、うわあああああ!」とパニックになり、可成さんは顔面蒼白で固まっている。
「ま、真昼様! どうかお慈悲を! 殴るならそれがしを殴ってくだされ!」
土下座してくる可成さん。
「これ勝三、お前も謝れ!」
傅兵衛君も勝三君の後頭部を掴んで、地面に勝三君の顔面をつけていく。
「父上! 兄上! なぜじゃ! わしは謝りとうありませぬ!」
手足ジタバタさせる勝三君。
うん、元気だねえ。その元気、永遠に奪ってやろう。
「ま、真昼。こ、子供のしたことだから穏便に、な」
「真昼殿、お、お、お、落ち着いてくだされ」
「秀吉さん、恒興さん、甘いですよ。……可成さん、このクソガキの教育、私が引き受けてもいいですか?」
「……お願い申し上げます」
そんなわけで、私は爆笑している信長様、合掌している又左さんたち、ガタガタ震えている秀長を尻目に、勝三君の首を掴んで片手で持ち上げて空き地の隅へ引きずり出し、彼をポツンと立たせる。
「ひ、ひい! おなごがわしを片手で……⁉」
「ねえ勝三君、野球で勝負しよっか。千本ノックに耐えたら許してあげる」
「う……あ。だ、誰か助け……こやつ、おなごじゃなく……バケ……」
「勝三、頑張れ」
可成さんの、子を崖から突き落として這い上がってくる子こそ真の子と言うが如くのセリフ。
これによって、勝三君も救いを求める手段を諦めたようだ。
パコーン! パコーン! パコーン!
『おい小娘、小童は優しくせんかい、野球を嫌いになるじゃろ。手加減せい』
うっさいよセンイチ。
子供相手に手加減? そんな言葉、私の辞書にはないよ!
私の身体能力フルパワーから放たれる弾丸ライナーが、勝三君の足元をや顔の横を鋭くえぐる。
「ほら、次! 足が止まってるよ!」
「ひ、ひいいいい! 速い! 速すぎるぅ!」
勝三君は泥だらけになりながらボールを追うが、私のノックは容赦ない。
「……ひ、ひいい……怖い……もう嫌じゃぁ……バケ……織田家一番の怪物は真昼様じゃあ……ごめんなさいい……!」
勝三君、鼻水を垂らしながらガチ泣き。
あ? 教育はまだ足りないってか。
「勝三君、ゴニョゴニョ、ゴニョゴニョと言うのです」
久太郎君が勝三君に近づいて何か囁いている。
何を言ってるのやら。
「長谷川真昼様! 織田家で一番の美少女! いえ、日の本一番の美少女! この森勝三、元服したあかつきには真昼様の手足となって働く所存でござりまするうううう」
むふん♪ 教育完了だね♪
「わかればよろしい」
私はバットを置き、泣きじゃくる勝三君の前にしゃがんで泥を拭ってあげた。
「かっこいい男の子はね、女の子を泣かせるんじゃなくてみんなを守るんだよ。君のお父さんの可成さんみたいにね」
「……う、うう……わ、わかった……拙者、父上のような……強い男になりまするうううう……!」
あーあ、スカート捲られたのは最悪だけど、有望な児童を更生させたってことでいいよね。
「ハハハ! 三左、いい息子たちだ」
信長様が満足げに頷く。
『三左よ、野球はエース1人じゃ勝てんのじゃ。信長がピンチを作って降板することもあろう。その火消しをする役目が必要なんじゃ。織田家の守護神になれい! どんなピンチもねじ伏せるのじゃ!』
「守護神……センイチ殿……それがしに勿体なき御言葉。必ずやなって見せましょうぞ! 信長様の危機、この三左が必ずや火消ししてみせまする!」
「ハハハ! その気概や良し! まあ、俺が降板するなんてありえんがな。傅兵衛、勝三。早く成長し、父を助け、俺と共に野球をやろうぞ! 待っておるからな!」
「「ははっ!」」
傅兵衛君と泣き止んだ勝三君が力強く返事をする。
その横で、可成さんの奥さんのえいさんに抱かれた赤ん坊の蘭丸君が「バブー!」と元気よく声を上げた。
「お疲れ様でした、勝三殿、団子をどうぞ」
「……んぐっ。……美味い。……新五郎様、かたじけのうござる! 真昼様……行き遅れじゃが……わし……グフ」
生意気な口を叩く勝三君をとりあえず沈黙させて、私は金山の夕焼けを見上げた。
美濃攻略は着実に進んでいる。
でも私の女子高生としての尊厳を守る戦いは、これからも長く続きそうだよ……。




