第37話 長谷川真昼、久太郎君に女子力で負ける
小牧山引越しプロジェクトスタート!
私もマネージャー業務の一環として、土木工事に駆り出されてる。
「よいしょ、よいしょ! 金属バットは杭打ちに便利だなぁ……って、やかましいわ!」
私はバットで地面を固めながら一人ツッコミを入れる。
周りでは秀吉さんや普請奉行の長秀さんが、ものすごいスピードで指示を出して工事を進めていく。
「真昼殿、その資材、少し重いのでは? お持ちしますよ」
ふと、爽やかな声がかけられた。
振り返ると、そこには後光が差すような美少年が立っていた。
サラサラの黒髪、切れ長の瞳、白磁のような肌。まだ10代前半くらい?
なのに所作は洗練されていて、汚れ仕事の現場に似つかわしくない。
彼の名は堀秀政。通称、久太郎。
信長様の小姓として最近抜擢された新人君だ。
「あ、ありがとう久太郎君。でもこれ結構重いよ?」
「問題ありません」
久太郎君は涼しい顔で、私が「ふんぬっ!」とか弱い女子高生アピールしながら持ち上げていた木材をヒョイッと担ぎ上げた。
えっ、力持ち⁉ その細い腕のどこにそんな筋肉が?
「信長様、喉が渇いておられる頃かと」
久太郎君は木材を運んだその足で、視察中の信長様の元へ駆け寄り、信長様が「水……」と口を開くコンマ1秒前に竹筒を差し出した。
「うむ、気が利くな久太郎」
「はっ、恐悦至極」
完璧だ。
タイミング、所作、気配り。全てにおいて無駄がない。
……な、なにあの子。私より女子マネの適性高くない?
そこへ清洲から引っ越してきた吉乃さんと子供たちがやってきた。
「母上ー! ここがお新しいお家?」
「広いねー!」
奇妙丸君と茶筅丸君がはしゃいでいる。
わーい、私の可愛い弟分たち! お姉ちゃんが遊んであげるよー!
「奇妙丸君、茶筅丸君! バッティングごっこしよっか?」
私が手を振ると、2人はチラッと私を見て、すぐに視線を逸らした。
「あ、久太郎だ! 久太郎、剣術教えて!」
「久太郎ー! おんぶしてー!」
2人は私をスルーして、久太郎君に飛びついた。
久太郎君は嫌な顔一つせず、2人を同時にあやしながら、的確に剣の指導もしている。
「なっ……私の弟分たちが……取られた……⁉」
ショックで膝をつく私。
小学生や園児にとって、私はもう「遊んでくれるお姉ちゃん」じゃなく「口うるさいおばちゃん」枠なの?
その代わり、何でもできる完璧超人のお兄さんに憧れるってこと?
ズーンと落ち込んでいると、トテトテと小さなおごとくちゃんが歩いてきた。
「まひる……」
「おごとくちゃん! ううっ、貴女だけだよ、私を慕ってくれるのは!」
私は感動しておごとくちゃんを抱きしめようとした。
するとおごとくちゃんは私の胸に顔を埋め、スゥーっと深く息を吸い込んだ。
「……んん~。まひる、いいにおい。……クンカクンカ」
「……へ?」
おごとくちゃんが、うっとりした顔で私を見上げ、ニチャアと笑う。
「まひるは私のもの……誰にも渡さない……」
「ひえっ⁉」
背筋に悪寒が走る。
この言動、この目つき、そして独占欲……!
完全に近江に行ったお市ちゃんのリトルコピーじゃん!
血は争えないの⁉ 織田家の女子のDNAどうなってんの⁉
「ふふ、真昼さん。おごとくは本当に貴女が大好きで……」
そう言いかけた吉乃さんが、不意に口元を押さえた。
「コホッ、コホコホッ……!」
「吉乃さん⁉ 大丈夫?」
私が駆け寄ろうとしたよりも早く、久太郎君が滑り込んだ。
「吉乃様、風が冷え込んでまいりました。どうかご無理をなさいませぬよう」
久太郎君は一分の隙もない動作で自分の上着を脱ぎ、吉乃さんの肩にそっと羽織らせた。
「……ありがとう、久太郎君。いつも気が利くわね」
「当然の務めにございます」
「もう、吉乃さん、無理しないで! 力仕事は私に任せて休んでて!」
私は危機感を覚えた。
弟分は取られ、幼児にはロックオンされ、吉乃さんへの気遣いも先を越され、仕事でも久太郎君に株を奪われている。
このままじゃ私の居場所がなくなる!
「勝負だよ久太郎君! 信長様の右腕マネージャーの座を賭けて!」
「はあ……真昼様がお望みなら」
久太郎君は余裕の笑みで受けて立った。
第一回戦、お茶出し対決!
「信長様、どうぞ!」
「あちちっ! 真昼、貴様俺の舌を焼く気か!」
私の出した熱々のお茶に信長様が激怒。
対する久太郎君は、すっと適温の白湯を差し出す。
「……うむ、これだ。喉に染み渡る」
完敗。
第二回戦、草履取り対決!
「はい、どうぞ!」
「……真昼、左右逆だ」
慌てて揃えた私の草履。
対する久太郎君は、懐から取り出した草履を差し出す。
「人肌に温めておきました。冬の寒さもこれで凌げましょう」
「でかした!」
……それ、秀吉さんの専売特許じゃなかったの⁉ イケメンがやると絵になるね、ちくしょう!
最終戦、野球のノック補佐対決!
信長様が千本ノックをする際、横からボールを渡す重要任務だ。
私はカゴからボールを取り出し、手渡す。
「ほら、はい、はい!」
「遅い! リズムが悪い!」
信長様の超高速ノックに私がついていけない。
交代した久太郎君。
彼はまるで機械のように、信長様がバットを引き戻すタイミングに合わせて、絶妙な位置にボールをトスしていく。
しかも信長様の視界を遮らず、呼吸を完全に読んでいる。
パコーン! パコーン! パコーン!
快音がリズミカルに響く。
『ほほう、いいテンポじゃ。あやつ、野球のセンスもあるぞ。どのポジションでも名手になるじゃろう』
センイチまで絶賛しちゃってるし!
「くっ……完璧超人かよ……可愛くない! 一つくらいドジ踏みなさいよ!」
私は地面に崩れ落ち、地団駄を踏んだ。
勝てない。何一つ勝てない。
女子のスペックの差を男の子に見せつけられて、私は完全に心が折れた。
夕暮れの小牧山。
私は体育座りで夕日を眺めていた。
もういいもん。私はおごとくちゃんの抱き枕として余生を過ごすもん……。
「真昼様」
久太郎君がやってきて隣に座った。
手には私が好きな団子が握られている。……気遣いまで完璧かよ。
「……笑いに来たの? 無能なマネージャーだって」
「とんでもない。私は貴女には敵いませんよ」
「は? 嫌味?」
久太郎君は首を横に振り、遠くで素振りをしている信長様を見つめた。
「私は命じられたことを完璧にこなすことしかできません。主の意を汲み、先回りして動く。それは家臣としての務めです」
彼は私に向き直り、真剣な眼差しを向ける。
「ですが貴女は違います。貴女は信長様と対等に渡り合い、意見し、怒らせ、そして最後には心から笑わせることができる。……あのような無防備な笑顔、私には引き出せません」
「え……?」
「センイチ殿が仰っていましたよ。『ピッチャーを孤独にさせないのが女房役の仕事』だと。信長様の孤独を癒やせるのは完璧な家臣ではなく、隣で騒いでくれる貴女なのでしょう」
久太郎君……。
な、なんだよ。いい子じゃん。
完璧すぎてムカついてたけど、自分の役割と私の役割の違いをちゃんと見てくれてたんだ。
「……バーカ。褒めすぎだよ。団子、もらうからね」
私は照れ隠しに団子をひったくり、頬張った。
しょっぱい。悔しいけど美味しい。
***
それからしばらくして、突貫工事で進められた小牧山城がついに完成した。
清洲から移ってきた城下町も賑わいを見せ、美濃攻めの準備は万端だ。
天守閣の最上階。
信長様が眼下に広がる濃尾平野と、その先にある稲葉山城を見据えている。
「城はできた。町も移った。あとは中身を切り崩すだけよ」
信長様が振り返り、控えていた長秀さんを指名した。
「五郎左、出番だぞ。お前のコネと人当たりの良さで、美濃の連中をたらし込んでこい」
「承知いたしました。……さて、どこから引き抜きましょうかね」
長秀さんが普段の温厚な笑顔の裏に、策士の顔を覗かせた。




