第31話 長谷川真昼、おだて戦術に屈する
「10打席勝負、残り4打席! こっちはあと2安打! 余裕じゃん!」
私がベンチ……といってもただの丸太に座って叫ぶと、周りのみんなも拳を突き上げる。
「頼みますぞ真昼殿! 貴女のパワーならスギウラごとき粉砕できます!」
「ウキー! ウキキ!」
「拙者、真昼殿の打撃センスは伊賀甲賀の秘術にも勝ると信じておりまする」
秀吉さん、秀長、一益さんがキラキラした目で私を見てくる。
くぅ~、期待されてるぅ! マネージャー冥利に尽きるねえ! いや、今は選手だけど!
「おい真昼」
信長様が腕組みをして、ニヤリと笑いかけてきた。
「2打席ともホームラン打ってこい。……いや待て、それじゃ俺の出番がなくなるな。つまらん。1打席目は凡退、2打席目は塁に出ろ。最後は俺が決めてやる」
「どっちなんですか! 無茶振りしないでくださいよ!」
まったくもう、この人はいつもこうだ。
でも、信長様の口元が楽しそうに歪んでいるのを見て、私はバットを強く握りしめた。
任せてくださいよ、信長様。最高の舞台、整えてみせますから!
私は気合を入れてバッターボックスへ向かう。
マウンドには泰朝。青白いオーラを放つスギウラを強く握りしめている。
「小娘、熱田での借りを返す時が来た。あの時は舐めていたが、今回は全力で潰す」
泰朝の目がマジだ。殺気バリバリ。
でも、私も負けてられない。
と、構えていると。
「……その太い腕、丸太のようじゃのう。おなごとは思えん筋肉……」
背後から、ねちっこい声が聞こえてきた。キャッチャーの元康さんだ。
は? 何言ってんのこのタヌキ。私のこの華奢な身体のどこに筋肉があるってーの。
「……婚期が遠のく音がするわい……そのガニ股、戦場を駆ける猪の如し。色気の欠片もないのう……」
ピキッ。
私のこめかみで何かが切れる音がした。
「あ? お前なんつった?」
異性からメスゴリラとか怪力女とか、幼稚園の頃から言われ慣れてる。
そんなの挨拶みたいなもんだと思ってた。
言った奴は数秒後、二度と言わなくなるし。
でもさ。猪? 色気がない? 婚期が遠のく?
これから素敵な恋を見つけようとしているピチピチのJKに向かって、言っていいことと悪いことがあるよね?
「ほ、ほれ、ボールが来るぞ猪。前を見んかい」
「誰が猪じゃああああ!」
私は瞬時に沸点到達。
バットを逆手に持ち替え、元康さんの脳天目掛けて振り下ろそうとする!
「ひいいッ!」
元康さんがミットで頭を隠して縮こまる。
ミンチにしてやる! タヌキ汁にしてやる!
「待て待て真昼! 落ち着け!」
ベンチから飛び出した秀吉さんが、私を後ろから羽交い締めにする。
「離して秀吉さん! このタヌキ、今すぐ食材にしてやる!」
「ルール違反で負けになるぞ! 頼むから落ち着いてくれ!」
暴れる私を見て、信長様は大爆笑している。
「ハハハ! いいぞ真昼、その殺気だ! そのままボールにぶつけろ!」
「ううう……覚えてなさいよ、タヌキおやじ……!」
私はなんとか秀吉さんに宥められ、バッターボックスに戻る。
でも、怒りで視界が赤い。
冷静にならなきゃ、と思うほど頭に血が上る。
泰朝はそんな私の隙を見逃さない。
初球、2球目と厳しいコースにズバッと決めてくる。
『ストライク! ツーナッシング!』
センイチ審判がコールする。
追い込まれた。絶体絶命。
元康さんはまだビビって腰が引けている。
(殺される……この女、本気で殺りにきとる……全く躊躇いがなかったわ。十や百じゃない。千か万の殺しを経験している殺気じゃ……)
なんて心の声が聞こえてくるが失敬な。
「終わりだ、小娘!」
泰朝が大きく振りかぶる。
投じられたのは――ドリームボール改。
ボールが分裂した! 無数の残像となって私に迫ってくる! 上下左右、どこが本物かわからない!
普通なら、ここで見逃すか空振りする。
でも、今の私は普通の精神状態じゃない。
「うるさい! 全部打てばいいんでしょ!」
私は思考を放棄した。
野生の勘と、猪呼ばわりされた怒りのフルパワーで、全ての残像ごと空間を薙ぎ払うようにバットを振る!
ガゴォォォォン!
金属バットと硬球がぶつかる激しい音。
ボールは弾丸ライナーとなってセンターとライトの中間へ、W保長さんが飛びつくが激突し、ボールは転々と転がっていった。
「よっしゃあああ! 見たかタヌキおやじ!」
私はドヤ顔でベースを回り、セカンドでストップ。
元康さんは涙目で「ひいい」と後ずさり、泰朝もさすがに目を見開いている。
これで残り1安打。あと1本打てば勝ち確定!
「……フン、力任せか。だが、次はそうはいかん」
泰朝がスギウラと何やらボソボソ会話している。
そして元康さんにサインを送った。
元康さんが「え? マジで?」という顔をするが、泰朝の目が「やれ」と命じている。
そして運命の第2打席。
ここで私が打てば、信長様の出番なく勝利確定だ。
「次も打って、あんたらに猪女の恐ろしさを身体で教えてやる!」
意気揚々と打席に入る私。
すると、背後の元康さんが恐る恐る口を開いた。
「……さっきはすまなんだ。近くで見ると、そなたは天下一の美少女じゃのう……長谷川真昼様」
「えっ?」
私は拍子抜けしてバットを下ろしかけた。
美少女? 私が?
その隙に泰朝が初球を投げる。
ズドン!
『ストライク!』
あれ? 見逃しちゃった。
でも、元康さんの言葉が気になって仕方がない。
「その瞳、星の如く輝き、その肌、白磁の如く滑らか……。あなたのような方を傾国の美女と言うのでしょうな……」
傾国……!
なんて甘美な響き! 悪女っぽくて憧れるぅ!
「そ、そうかな? いやあ、それほどでも~えへへ~」
私は顔を真っ赤にしてデレデレしちゃう。バットを構える力がふにゃふにゃ抜けていく。
ズドン!
『ストライクツー!』
また見逃した。でもいいの。もっと言って! もっと褒めて!
「今までの世で数多くの女が誕生したが、真昼様のような美しい方は今まで存在しなかったでしょう! いよっ! 野球の女神! いや、日の本の女神、長谷川真昼様!」
女神……私が女神……きゃはっ♥
私は完全に骨抜きにされ、棒立ちで恍惚の表情を浮かべる。
もう野球なんてどうでもいい。私は女神なのだから!
ズバァァァン!
泰朝の無慈悲なド真ん中ストレートがミットに収まる。
『ストライク! バッターアウト! 見逃し三振! 小娘……あとで正座一刻の刑じゃ』
シーン……。
ベンチが静まり返る。
「えええええええ⁉」
秀吉さん、秀長、一益さんが顎を外して地面につく勢いで驚愕している。
信長様は「……アホか」と額を押さえて天を仰いだ。
でも私は気にしない。
三振したのに、スキップしながらベンチに戻る。
顔はニヤニヤが止まらない。
「いや~、負けちゃったけど、元康さんってば見る目あるよね~! 私のこと女神だって! キャハッ!」
「……真昼、君は……チョロすぎるよ……」
秀吉さんが力なく呟いた。
これで残り2打席。信長様の2打席のみで1安打が必要という状況になっちゃった。
「ったく、世話の焼ける恋女房だ」
信長様がバットを担いで立ち上がる。
「おい泰朝、俺が格の違いを見せてやる。覚悟せよ」
信長様が打席へ向かう。
最終決戦の幕開けだ!




