第30話 長谷川真昼、ささやき戦術を見つめる
「10打席勝負、始めようか」
泰朝が宣言し、スギウラボールが青白く発光する。
この勝負、こちらが3本ヒットを打てば勝ち。
一見有利に見えるけど、センイチは渋い顔だ。
『相手はスギウラが憑依してるんじゃぞ。プロでも3割打つのは至難の業。素人が混じる中で1人2打席はリスクが高すぎるわい。打てる確率の高い信長と小娘で5打席ずつ立つべきじゃ』
一益さんもセンイチに同意するように進言する。
「お館様、センイチ殿の言う通りです。ここは確実に勝つために、お館様と真昼殿に……」
だけど、信長様は鼻で笑って却下した。
「バーカ。久助、戦も野球も1人じゃ成立しねえんだよ。全員打席に立たせるぞ!」
ええっ⁉ マジですか信長様!
「泰朝の野郎が10打席勝負を選んだのは、こっちの人数を見越しての戦略よ。1人に背負わせて失敗すれば責任で潰れる。それを5等分にすることで、『俺がダメでもあいつらが』という甘えと連帯責任のプレッシャーを誘っているのさ。フン、是非もなし!」
なるほど、心理戦ってわけか。
たしかに私1人で5打席凡退したら切腹ものだけど、みんなで凡退したら……いや、それも嫌だけどさ!
「1人2打席ずつ、打順は秀吉、秀長、一益、真昼、俺よ!」
「「「オオオオッ!」」」
信長様の檄に、私たちは気合を入れて返事をする。
『秀吉は小技もできて選球眼もある。一番手として球筋を見極め、後続に伝えよ!』
「承知しました。行ってまいります」
センイチも秀吉さんに激を飛ばし、秀吉さんはバッターボックスへ向かった。
マウンドには泰朝。キャッチャーには元康さん。審判はセンイチが駆り出された。
第1球。泰朝の腕が地面スレスレから鞭のようにしなる!
ビュンッ!
速っ! 下から浮き上がってくるような剛速球!
秀吉さんは懸命に見極めようとするけど、キャッチャーの元康さんが背後でブツブツと呟き始めた。
「……女の子は子供を産んでなんぼよのぉ。じゃから経験豊富な人妻こそ至高。そうは思わんか? 帰蝶様」
「ッ⁉」
秀吉さんの肩がビクッと跳ねた。
一瞬の動揺の隙にスギウラのドリームボールが変化し、バットが空を切る。
『ストライク! バッターアウト!』
気を取り直して第2打席。
しかし、元康さんの口撃は止まらない。
「信長殿も罪な御方よ。亡き義父・道三殿の娘を男装させてまで側に置くとは……夜のお勤めも大変じゃのう」
「う……ううっ……」
秀吉さん、顔を真っ赤にして動揺しまくりだよ!
甘く入ったボールを打ち損じ、力のないセカンドフライ。
「すみませぬ……。元康殿の言葉に惑わされましたが、球筋は手元でさらに伸びてくる感覚……正直、10打席私が入っても1本打てるかどうかでございます」
ベンチに戻った秀吉さんがガックリと項垂れる。
『うぬう! ノムサン仕込みのささやき戦術か! 選手のプライベートやコンプレックスを突く、小癪な真似を!』
センイチがイライラして発光してる。
なるほど、精神攻撃か。えげつない!
って、言ってる割には公平に審判するセンイチ。
そこんところは真面目なのかよ。
続いて第3、第4打席は秀長だ。
猿に精神攻撃なんて通じるの? と思ったけど……。
「三河の次郎柿は甘くて美味いぞ……」
「南蛮には黄色い果実があるらしいのう……」
「ウキー! ウキキ!」
秀長、よだれ垂らしてバット振るな!
ファーストファールフライに、空振り三振。
食べ物の恨みは怖いぞ、元康さん!
これで4打席終わってノーヒット。
残り6打席で3安打……打率5割打たなきゃ負け決定じゃん! 絶体絶命だよ!
「ねえ、元康さんって味方じゃないの? 私たちが勝てば解放されるのに、なんであんなに本気で邪魔するの?」
私が素朴な疑問を口にすると、次の打席に向かう一益さんが答えてくれる。
「元康殿には駿府に築山殿と竹千代殿という妻子が人質として囚われております。もしここで我らに手心を加えたと泰朝に判断されれば、彼らの命が危ない……。元康殿は、家族を守るために心を鬼にしているのです」
「なんとね……。人質には人質がいますってか」
てか、竹千代の子供も竹千代なんかい。
それはともかくそう考えると、あのネチネチしたボヤきも悲痛な叫びに聞こえてくるよ。
元康さんも苦労してるんだね。
第5打席、一益さんがバッターボックスへ。
表情を変えない一益さんに、元康さんがまたささやく。
「火縄銃が好きらしいそうじゃが、忍びならもっと忍術を磨かんと……信長殿に見捨てられるぞ?」
カキーン!
鋭い当たり! サードライナー!
惜しい! 野手の正面だった!
「ムッ、捉えたと思ったが……なるほど、これが浮き上がってくるノビというやつでござるか」
「なっ……動揺しておらんのか?」
元康さんが少し焦った顔をする。
そして第6打席。後がない状況。
元康さんはさらに踏み込んだ。
「甲賀は六角家縁の土地。なぜ尾張にまで流れて来たんじゃ? 結局、里での出世争いに敗れた落ちこぼれなんじゃろ?」
一益さんの構えはピクリとも変わらない。
泰朝が投げるスギウラボールが唸りを上げて迫る。
コツン。
一益さんがバットを寝かせた! セーフティバント!
ボールは三塁線ギリギリに転がる絶妙なゴロ!
「なっ⁉」
元康さんが慌ててマスクを脱いでボールを掴みに行く。
でも、スギウラの球威を殺した回転がかかったボールは手の中で暴れてファンブル!
一塁への送球が間に合わない!
「セーフ!」
1塁の保長おじいちゃんが両手を広げる。
「よっしゃあああ! 初ヒット!」
「これで残り4打席中2安打だ!」
私たちが歓声を上げる中、ホームベース上で元康さんが悔しそうに呻く。
「儂のささやきをガン無視とは……聞こえておらんかったのか?」
すると一益さんが、耳からポロッと小さな物体を外して見せた。
「肌色に塗った擬態耳栓でござる。忍びたるもの、聴覚を遮断して集中するのは初歩の術……忍びの端くれ、一矢報いたでござる」
「チッ」
元康さんが舌打ちする。
「それに、耳栓していても何を言ってくるか推察できるでござる。回答しておきましょう。甲賀を離れたのは飯を食うため。織田家に仕官したのは信長様に惚れただけのこと」
一益さんが涼しい顔で言い放った。
かっこいいよ一益さん! 忍者パワー万歳!
さあ、首の皮一枚繋がった。
次は私の番だ。
スギウラだろうがノムサンだろうが、ぶっ飛ばしてやる!




