第29話 長谷川真昼、リベンジマッチを受諾する
矢作川を渡り、闇夜に紛れて進む私たち松平元康救出部隊。
だけど、そんな隠密行動もここまでだったみたい。
「止まれ! 貴様ら何者だ!」
「怪しい奴らだ、囲め!」
松明の明かりが一斉に灯り、私たちは三河兵たちに完全に包囲されてしまった。
逃げ場なし。全方位から槍の穂先が向けられている。
「一歩も通さん!」
「ここが貴様らの墓場じゃ!」
「ちっ、見つかったか。仕方ねえ、強行突破だ!」
信長様が魚籠を投げ捨て、背負っていたバットを引き抜く。
私も魚籠をポイ捨てし、バットを構える。磯臭いのとおさらばだ!
「者共、掛かれぇ!」
三河兵が殺到してくる!
でも、こっちは少数精鋭。織田家野球部レギュラー陣プラス秀長アンドおじいちゃん忍者を舐めるなよ。
「忍法、煙玉!」
一益さんと保長さんが同時に地面に玉を叩きつけると、モクモクと煙が充満して視界を奪う。
さらに2人は変わり身の術で丸太と入れ替わり、敵を同士討ちさせていく。忍者すげえ!
「ウキー!」
「おう!」
秀吉さんと秀長は、小柄な体を活かして敵の股下をスルスルとくぐり抜ける。
秀吉さんが懐から投網を取り出し、華麗に敵兵をまとめて捕獲すれば、秀長が猿の身軽さで飛び回り、武器を奪い取っていく。
「真昼、後ろだ!」
「了解っ!」
私は信長様と背中合わせになり、迫る敵兵に振り返る。
女子高生パンチ&キックをお見舞いしつつ、バットで槍を払い落とす。
信長様は剛力で槍ごと敵を吹き飛ばしていく。
私たちの勢いに、三河兵たちが押され始めていると、空気が変わる。
「……退け」
戦場全体に響き渡る重厚な声。
三河兵たちが波が引くように道を開け、平伏していく。
そこから、2人の男が歩いてきた。
1人は勝ち誇った顔をした、金ピカの甲冑を着た男。彼が東条城の城主、吉良義昭。
そしてもう1人は……静かな威圧感を放つ、マスク姿の大男。朝比奈泰朝。手に青白く発光するボールが握られている。
『スギウラさん……!』
私の懐でセンイチが震える。
『ほう、センイチか。87年ドラフトは敗北したが、今度はそうはいかんぞ』
泰朝の手の中で、スギウラボールが闘志を燃やして答えた。
87年ドラフト? またわけわからん言葉が出てきたけど、因縁があるのはわかったよ。
『スギウラさん……! あの時の……タツナミの借りを返す気か! 儂はタツナミラブを最初から公言していたが、そっちがシゲオの息子のカズシゲに行くと公言しながら、土壇場で儂の邪魔しただけじゃろうが!』
『……だってカズシゲはなあ』
『まあ、結果論じゃな』
センイチとスギウラがバチバチ火花を散らす中、吉良義昭が大声を張り上げた。
「三河を支配するのは儂よ! どうじゃ信長、泰朝殿に土下座し、知多攻めの先鋒を務めるというのであれば、今川への降伏の伝手を取り持とうぞ」
うっわ、小物臭が凄い。
信長様は鼻で笑って言い放つ。
「バーカ、誰がてめえのような雑魚と手を組むかよ。俺が欲しい人材は、現実的な思考をするうつけよ」
「なっ……! ぬかせ、少数で潜入を選択するうつけが! 泰朝殿! やっちゃってください!」
吉良が激昂して泰朝に命令する。
けれど。
ゴボッ!
鈍い音が響き、吉良の顔面に泰朝の裏拳がめり込んだ。
白目を剥いて崩れ落ちる吉良義昭。一撃KOだ。
ええ……味方じゃないの?
「ごちゃごちゃうるさい。……真昼、久しいな。ミズハラを返してもらおう。ついでに、センイチとコウジとやらも頂こうぞ!」
泰朝は倒れた吉良を一瞥もしない。
この人、本当に勝負とボールのことしか頭にないんかい。
「わかった。受けて立つよ。勝負方法は? 熱田神宮と同じように1打席勝負?」
私が訊ねると、泰朝は首を振った。
「いや、お前ら4人と一匹と、俺らバッテリーとで10打席勝負をし、3打席ヒットを打てば勝ちとしようぞ」
「10打席中3打席? 随分とこっちに有利な条件じゃん」
私は思わず口笛を吹く。
だって、3回打てばいいんでしょ? 楽勝じゃん。
私が笑顔で承諾すると、センイチが怒鳴ってきた。
『小娘、3割バッターは超一流の証よ。相手は伝説のスギウラじゃ。油断するな』
へえ、そうなんだ。
「ところで、4人と一匹って? 私たち5人と一匹いるんだけど?」
信長様、私、秀吉さん、秀長、一益さん。それに保長のおじいちゃん。
数が合わないよね?
すると今まで黙っていた保長おじいちゃんが、スッと私たちの列を離れて泰朝の前まで行き、跪いたのだ。
「ご指示、完了しました」
「ご苦労さん、服部半蔵保長」
「んな⁉ 裏切られた⁉」
私が叫ぶと、保長さんは無表情のまま立ち上がる。
おじいちゃん、まさか最初から敵のスパイだったの⁉
「ほう、俺らの暗殺じゃなくて道案内とはな。久助、察していたな?」
ニヤリと笑う信長様に、一益さんが頷く。
「保長殿の大事は元康殿。人質に取られている以上、こう行動する以外選択肢はなかったでしょう。信長様を危険に晒した罪を負う覚悟はできております」
一益さん、知ってたの⁉
おじいちゃんは、主君を救うために苦渋の決断をしたってことか……。
信長様は、そんな保長さんを見てフッと笑った。
「フッ、最短はこれよ。一益も保長殿も主を思うゆえの行動。嫌いじゃねえよ、そういうのは」
怒らないんだ。信長様って、こういう筋の通った裏切りには寛容だよね。
「じゃあ、泰朝の球を受け取るのは保長さんになるのか……」
私がそう思っていると、保長さんが印を結んだ。
「忍法、影分身!」
ポンッ! という音と共に煙が上がり、なんと保長さんが7人に増えた⁉
そしてピッチャーとキャッチャー以外の、内野と外野の守備位置に散らばっていく。
「ちょ、忍者って便利すぎでしょ! 1人で守備固めちゃうの⁉」
じゃあ誰がキャッチャーを?
まさか吉良が起き上がってやるわけないし。
ジャラジャラ……。
闇の奥から鎖を引きずる音が聞こえてくる。
現れたのは、あのタヌキおじさん・水野信元さんを若返らせたような、ちょっとやつれたタヌキ顔の青年。
手にはキャッチャーミットがはめられ、その中にはくすんだ色のボール――ノムサンが握られている。
「はあ~、人質は辛いよ。伯父上に迷惑かけたくないのに、なんでこんなことに……ブツブツ」
何をボヤいているんだか。てか、あれが信長様の幼馴染の竹千代さんか。無事が確認できてよかった。
「ほう、竹千代が捕手か。面白え」
信長様の呟きと同時に、周囲の松明が一斉に燃え上がり、戦場を真昼のように照らし出した。
マウンドには伝説のアンダースロー、スギウラを握る泰朝。
キャッチャーにはID野球の申し子、ノムサンを持つ元康。
守備は分身した忍者マスター保長。
対するバッターは、信長様、私、秀吉さん、一益さん、秀長。
5人対伝説の南海バッテリー。
三河の命運を賭けた、10打席勝負の幕が上がる!




