第27話 長谷川真昼、タヌキおじさんと出会う
『プレイボール! 2回表、紅組の攻撃!』
センイチのダミ声が清洲城下のグラウンドに響き渡る。
今日は織田家野球部の紅白戦だ。
紅組監督は我らが信長様。白組監督は林秀貞さん。
でも実質、秀貞さんはベンチで「年寄りを走らせるな」とお茶をすすっているだけなので、現場指揮は選手たちに丸投げ状態だ。
紅組は信長様と私以外全員控え。白組にレギュラー陣。
白組のピッチャーは攻めの三左こと、森三左衛門可成さん。
この人、槍の名手だけあって投球スタイルも超攻撃的。
キャッチャーは塙直政さん。この人を育成しないと私が正捕手のままなんだから、ちゃんと育ってよね。
白組は、ファースト柴田勝家さん、セカンド池田恒興さん、ショート木下秀吉さん、一益さんが三河探索で不在のサードのレギュラーは河尻秀隆さん。又左さんは紅組サードで気張ってる。
センター丹羽長秀さん、ライト佐々成政さん、レフト佐久間信盛さんの迫力満点レギュラー陣だ。
残る紅組メンバーセカンドは金森長近さん、ショートは蜂屋頼隆さん。
センター坂井政尚さん、ライト毛利新介さん、レフト太田牛一さん。
こう見ると、やっぱ層が厚いね織田家って。
……紅組ファーストが小一郎秀長なのが、人間頑張れって思うけど。
ズドン!
「ストライク!」
ど真ん中への剛速球一本槍!
変化球? コントロール? 何それ美味しいの? と言わんばかりの男気ピッチングだ。
でも、今日は相手が悪かったね。
「甘いわ三左! その直球、待っておったぞ!」
カキーン!
信長様のフルスイング一閃。打球はライト後方の櫓まで一直線に飛んでいく特大ホームラン!
「うっし! 続くよ信長様!」
4番の信長様に続き、5番の私もバッターボックスへ。
可成さんが「ぬう、女子供に手加減はせぬ!」と顔を真っ赤にして投げてきた球を、私は冷静に見極めて――。
カキーン!
今度はレフト方向へ、弾丸ライナーで突き刺さる連続ホームラン!
「っしゃあ! アベック弾!」
「わははは! 見たか三左! 俺と真昼に死角なしよ!」
ハイタッチを交わす私と信長様。
これで2対0。紅組リードだ。
「ぐぬぬ、真昼殿を抑える手立てが浮かびませぬ」
はっ、しまった。直政さんが落ち込んでる。正捕手争いに興味ないから手抜きすべきだったよ。
でも、勝負と聞くとどうしても身体が負けてたまるかと気合入っちゃうのよね。
これは仕方ないよ。うん。
ちなみに白組で出塁できたのは、1番ショートの秀吉さんがセフティーバントでコチョコチョっと内野安打をもぎ取った一本のみ。
他のレギュラー陣、2番恒興さん、3番長秀さん、4番勝家のおっさんは、信長様の剛球にきりきり舞いさせられている。
「くっそー、なんで控え組の紅組に負けてるんだ!」
「ウキー! ウキキ!」
紅組が守備に就き、イラッとしている成政さんへ、ファーストの秀長と観客の猿軍団が煽るように手を叩く。
「ぐぬぬ、儂もホームランを!」
ストライーク、ストライーク、ストライーク、バッターアウト。
2回裏、白組5番信盛さんが三球三振した直後。
「ご報告いたします」
一益さんが音もなくグラウンドの横に現れた。
三河の探索に行っていたはずだけど、なんか後ろに変な人たちを連れている。
「……えっ? タヌキ?」
私が思わず呟いちゃったのも無理はない。
一益さんの後ろにいる恰幅のいいおじさん、お腹がポンポコリンで目がクリクリしていて、どう見ても二足歩行のタヌキなんだもん。
隣に気配を完全に消した白髪のお爺さんもいる。
やるね。気配の消え方が、お母さんに説教される直前のお父さん級だよ。
「な、なんじゃ了見……猿が……猿が運動会をしとる……? ここは猿山か?」
タヌキのおじさんは、グラウンドで「ウキー」と叫びながら守備をしている秀長を見て、顎が外れそうになっていた。
うん、正常な反応だね。戦国武将としては正しいリアクションだよ。
信長様がマウンドから降り、汗を拭きながら近づいていく。
そして、居住まいを正して丁寧に頭を下げたのだ。
「これは信元殿。久しいな。遠路はるばるいかがされましたか?」
……は?
「うっそおぉぉ! 信長様が敬語使ったあああああ! 天変地異の前触れ⁉ 明日は槍でも降るの⁉」
私の心の声、いや、絶叫が漏れてしまう。
ゴツン!
「いったああああ!」
すると、信長様の拳骨が私の脳天に炸裂したのであった。
「お前は俺をなんだと思ってる」
「魔王だよ! ブラック企業の社長だよ!」
「おう、合ってるじゃねえか」
「合ってるんかい!」
涙目の私に、秀吉さんが呆れ顔で解説を入れてくれる。
「真昼、あの方は知多郡を支配する水野下野守信元殿だ。独立した勢力を持ちながら、桶狭間の前から一貫して信長様と同盟してくれている、頼れる味方なのだよ」
「それに、三河の松平家の現当主元康殿の生母・於大の方様の実兄でもある。つまり元康殿の伯父上にあたる御仁だ」
長秀さんも補足してくれた。
へえ~、タヌキのおっさんじゃなくて、すごい人なんだ……ごめんなさい、信元さん。
信元さんは、まだ奇妙な野球装備や私の格好に呆然としていたけど、ハッと我に返ったように信長様の足元に縋り付いた。
「信長殿ぉぉぉぉ! 頼む、我が甥の元康を……竹千代を助けてくれえええええ!」
さっきまでの呆然とした顔が一変、タヌキ顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる。
ただ事じゃない。
「どうした、信元殿。竹千代に何があった」
信長様が視線を向けると、控えていたお爺さんが口を開いた。
「ご説明いたします。……それがしは松平清康様の代より仕える伊賀者、服部半蔵保長と申します。我が主・松平元康様が、吉良の東条城主・吉良義昭と、その背後にいる朝比奈泰朝によって拉致されました」
「拉致⁉」
私たちが声を揃える。
一国の大名が拉致られるってどういうこと?
一益さんがさらに衝撃の事実を告げる。
「元康殿はセンイチ殿と同じ英霊ボール、ノムサンを所持しておりましたが、泰朝に奪われたとのことです」
『なにい! ノムサンだとお⁉』
私の懐からセンイチが飛び出した。
『あの者が早々と敗北するなど、ありえん! 奴はID野球の申し子、データと心理戦の達人ぞ! 敗北の二文字など一番遠い男じゃ! 何があったのじゃ!』
センイチがこれほど取り乱すなんて。ノムサンって相当な実力者なんだ。
てか、泰朝……。
熱田神宮で私が勝った、マスクマンのおっさんか。
まさか三河で悪さしてるとはね。
一益さんが重々しく続ける。
「驚くのは早うございます。泰朝が新たに所持した英霊ボールの名は……スギウラ」
『スギウラ……じゃと?』
センイチが絶句した。
『まさか、あの伝説のアンダースロー、シーズン38勝の鉄腕か⁉ 初代ホークス三悪人のノムサンとスギウラ……その二つが揃ったというのか?』
保長さんが頷く。
「左様。泰朝と吉良義昭は、元康様を人質とし、さらにスギウラとノムサンの二つの力を用いて、三河における今川支配を盤石にする思惑。もはや三河松平の命運は風前の灯火……」
人質と、強力な英霊ボール2個。
完全に詰んでるじゃん。
信長様がセンイチを強く握りしめた。
表情は怒りではなく、獲物を見つけた猛獣のような笑み。
「面白い。竹千代を餌に俺を釣り出そうって腹か。朝比奈泰朝、相手にとって不足なし」
信長様が私を見る。
言葉にしなくてもわかる。やることは一つだ。
私もニヤリと笑って頷いた。
「オッケーです信長様。拉致されたタヌキ救出ぐらい任せて! 私、JSの時に飼育委員やってましたんで。タヌキのおじさん、任せてください! 甥っ子タヌキとボール、まとめて取り返しますんで!」
「お、おお……頼もしいが、お主何者じゃ……? あと、元康も儂も人間じゃからな?」
信元さんが目を白黒させている。
私の説明は後だ。今は行動あるのみ!
「よし、編成を発表する!」
信長様が高らかに宣言する。
「三河への救出実行部隊は、俺! 真昼! 秀吉! 秀長! 久助! そして保長殿、道案内を頼む!」
「応ッ!」
「ウキー!」
「はっ!」
少数精鋭だね。秀吉さんと秀長、それに忍者のエキスパートたち。潜入任務にはもってこいだ。
「後詰めは右衛門尉! 信元殿と共に軍を率いて待機!」
「はっ、承知仕りました。この佐久間右衛門尉信盛、必ずやお館様の背中を守りましょう」
「残る秀貞、権六、五郎三、三左らは尾張の守りを固めよ! 竹千代を救い出し、三河を俺の庭にするぞ!」
「「「オオオオオッ!」」」
信長様の号令に、紅白戦の熱気そのままに織田軍が沸き立つ。
待ってろよ、泰朝。
今度はマスク剥がして引退させちゃるわ!
「者共、三河へ出陣じゃ! 野球道具を忘れるなよ!」
こうして私たちは拉致されたタヌキの元康さんを救うため、三河へと向かうことになったのだった。




