第24話 長谷川真昼、又左復帰戦を見届ける
美濃国森部の戦場はどんより曇り空で、足元はぐっちゃぐちゃの泥沼。
最悪だよ。お気に入りのローファーが泥まみれじゃん。
でも、愚痴ってる暇はない。
織田家イケメンナインたちが大軍差をものともせず、センイチと信長様による地獄の野球キャンプの成果を実戦で爆発させていた。
「そこだ! センター守備範囲内!」
長秀さんが泥を蹴ってバック走し、死角から突っ込んできた斎藤兵の槍をひらりと躱す。そのまま相手の懐に飛び込んで、肘打ち一閃。
視野の広さがエグい。もはや背中にも目がついてるんじゃないかな?
「カニ歩き! ダブルプレーの要領で!」
勝三郎さんがぬかるみを感じさせないサイドステップで敵を翻弄し、2人の兵の足を払って転倒させる。
地味だけど確実。まさに内野の職人芸だね!
「レーザービーム! バックホームだあああああ!」
成政さんが遠くから石入り硬球を全力投球。
シュゴォッ! と音を立てたボールが敵兵の兜を直撃し、火花が散る。
……うん、あれ絶対に脳震盪起こしてるよね。南無。
若手が躍動する中、戦場の中心で一際ヤバいオーラを放つ大男が現れた。
「ガハハハ! 信長の首を寄越せ! この首取り足立こと足立六兵衛の太刀、受けてみよ!」
快進撃を続けていた織田軍に、脅威が降りかかる。
そいつの巨躯から振り下ろされる大太刀が、兵たちを薙ぎ払い、織田軍の将の1人、林新五郎秀貞さんを追い詰めようとしていた。
「くっ……これほどとは……!」
秀貞さんの槍が、六兵衛の一撃でひしゃげる。
「もらったあ!」
絶体絶命の展開、目を瞑る秀貞さん。
「うおおおおおおりゃあああああ!」
「ぬう! 雑兵が!」
敵将の首を取れず舌打ちする六兵衛。
秀貞さんの危機を救ったのは、浪人中の身で勝手に参戦してる不法侵入者、又左さん!
「お主……前田犬千代⁉」
「林様、下がってな! こいつは俺が引き受ける!」
長槍を振り回して六兵衛に挑む!
ガギィィィィィン!
金属音が響き渡り――又左さんの長槍が無残にも真っ二つに折れた。
「なっ……⁉」
「ハッハッハ! 棒切れが折れてどうする! 死ねい、雑兵!」
六兵衛の太刀が振り上げられ、又左さん万事休す。
……普通、そう思うでしょ?
「ちっ、もっと大物まで取っておきたかったんだかな」
ビュン!
背中から出した金属バットを一閃させる又左さんだったが、六兵衛は後方にジャンプして避ける。
凄い身体能力。でも、又左さんの大事な一戦なんだ。負けてられない。
「藤吉郎さん! 小一郎! 行くよ!」
「心得た、真昼!」
「ウキー!」
「いっけえ! 又左さん!」
「って! 3人同時に投げてくんのかよ!」
細かいことは気にしない。
ほら、全部当てろー。どんどん打てー。無駄球出すなー。
私たちはどんどんボールを又左さんの目の前へ放り上げる。
そう、これこそ藤吉郎さんが発案した、トスバッティングで敵兵にボールをぶつけまくって陣形を乱す究極にして至高の策!
「えっと、私は1人ずつ投げ渡すつもりだったんだが?」
「藤吉郎さん! 細かいことは気にしない! ほら又左さん、打って打って打ちまくれー!」
「おおおおおおお! こうなりゃヤケだああああああ!」
又左さんのバットが唸る。
カキーン! カキーン! カキーン!
私たちがトスするボールを、又左さんはマシンのような速度で打ち返していく。
飛んでいく白球の弾丸が、六兵衛の周囲の兵たちを次々とノックアウトしていく。
「な、なんだこの飛び道具は⁉」
六兵衛が怯み、藤吉郎さんが最後の一球を私に託す。
「真昼、これがラストだ!」
「任せて! 又左さん、会心の一撃頼むよ!」
私は渾身の力で、高く、甘いコースにトスを上げた。
又左さんが全身のバネを使ってフルスイング!
ガッキィィィィィン!!
魂のセンター前ヒット。
超高速で飛んだボールは、六兵衛の眉間に吸い込まれるように直撃した。
「ごふぉっ……⁉」
巨漢・足立六兵衛。白目を剥いて、噴水のように泥を撒き散らしながら沈没。
美濃一の豪の者、足立六兵衛。前田又左衛門利家さんが討ち取ったりー!
森部の戦いは私たちの圧勝に終わった。
信長様の元に集結する私たちの中に、泥だらけの又左さんと、命を救われた秀貞さんが並んで座っていた。
「お館様……お願いにございます」
秀貞さんが身体を折り曲げて泥土に頭を擦りつける。
「この前田又左衛門の功績、認められませ。彼がいなければ、それがしは今頃この世におりませんでした。どうか追放処分を解除してくだされ」
信長様の背後で、ずっと不機嫌そうに髭をいじっていた権六さんも鼻を鳴らす。
「……ふん。儂の獲物を横取りしおって。じゃが、この戦いの殊勲者は紛れもなく利家よ。お館様、拙者も異存はございませぬ」
信盛さんも、「家中の結束こそ第一ですぞ、お館様」と頷いた。
おじさまたち……。
なんだ、意外と物分かりいいじゃん!
これも野球特訓の成果かな?
秀貞さんは、年寄りを殺す気かと一度も練習に来ないけど。
私は隣で藤吉郎さんと顔を見合わせてニッコリ笑った。
信長様が、バットをカツンと鳴らして又左さんの前に立つ。
「まーた勝手に参戦しおって。電撃作戦だったのに、お前は俺の行動を読みすぎるぞ」
「は、はっ……申し訳ございません……!」
又左さんが震える。
信長様はしばらく沈黙した後、ニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「犬千代。いや、前田又左衛門利家よ。今日から貴様は藤吉郎と同じ足軽頭だ。……だがな、野球のレギュラーは別よ。貴様はまだベンチ外だ。一軍に上がりたくば、死ぬ気で素振りせい!」
「……っ! あ、ありがたき……ありがたき幸せにございますぅぅぅ!」
又左さんは顔を泥まみれにして、子供のように「うわあああん!」と号泣した。
その泣き顔を見て、若手ナインたちが一斉に笑い出す。
「おめでとう、又左さん!」
「やっと復帰できたな」
「ウキー!」
私に続き、藤吉郎さんも小一郎も、みんなが又左さんの背中を叩いて祝福する。
今日は祝杯だよ、宴会だよ、信長様の奢りだよ!
信長様はセンイチを空に放り投げてキャッチし、「フン、やかましい奴らだ」と呟きながら美濃の空を見上げ、こんなことを抜かしやがる。
「おい、お前ら。何を終わった気分でいやがる。このまま墨俣砦を落とし、稲葉山まで進軍するぞ」
……マジですかい。




