第20話 長谷川真昼、打撃コーチに就任する
ついに着いたよ、北近江の要衝・小谷城!
山城だけあって見晴らし最高。空気が美味しいね。
でも、出迎えてくれた浅井家の重臣三名――雨森弥兵衛さん、海北善右衛門さん、赤尾孫三郎さんは、揃いも揃って岩石みたいな強面のおじさんたちだった。
「儂が海!」
「俺が赤!」
「我は雨!」
「「「人呼んで、我ら浅井家海赤雨三将! ようこそ小谷へ! 織田家御一行様!」」」
……前言撤回、なんか歓迎の挨拶で3人一列に並んで膝を曲げ、上半身グルグルさせてきたぞ。
顔が重ならないで、ずっと3つの真顔が見えて怖いんだけど。
「ほお、見事な身体のキレだな」
「信長様、あれ、織田家でもやりましょうぜ!」
え? 信長様と又左さん、気に入ったの?
お市ちゃんもねねちゃんも、おおっ! て拍手してるけど、私がおかしいの⁉
「そんなことよりセンイチ、英霊ボールの気配ある?」
『……ふむ。気配がないわい。ここには英霊はおらんぞ』
懐のセンイチがガッカリした声を出す。なんだ、空振りかあ。
「今回は野球をしなくて済みそうですね……」
光秀さんが仏様のような安堵の表情を浮かべている。
光秀さん、まだ審判しかしてないでしょ。
「お待たせしました。私が浅井賢政です」
海赤雨三将のおっさんたちに連れられ城内に入ると、眩しいばかりの正統派イケメンが待っていた!
しなやかな長身で誠実そうな瞳。
いいじゃんいいじゃん、優しそうで穏やかでかっこいいじゃん!
お市ちゃんも賢政さんには毒気を抜かれたみたい。
「織田市です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ポッ」
賢政さんの頬が染まる。
うん、わかりやすい一目ぼれだね。
私じゃなくお市ちゃんに釘付けっていうロリコンだけど、年齢差はギリギリありか? 聞いた話だと、私と同じ16歳って話だし。
「さあ、お手を。城内を案内いたしましょう」
おお、差し出された手が震えてる。賢政さん、こういうの慣れてない感じがするね。
女子としてはポイント高いよ。
だけどお市ちゃん、さすがは信長様の妹。
手を握らないで、にこやかにこう言い出すのだった。
「賢政様。私が貴方に嫁ぐには、条件が2つありますわ」
「なんなりと仰ってください、お市殿。この浅井賢政、浅井長政と改名し、信長殿の義弟となる喜びに満ちています!」
真っ直ぐな瞳してるねえ。信長様の義弟になるのって嬉しいの? って思うけど。
あれ、俺の物は俺の物、お前の物も俺の物ってガチで思ってる魔王だぞ。
そんな賢政さんに、お市ちゃんは両手を腰に付けて続きを口にする。
「いい覚悟ですね。ですがそれは信長兄様と賢政さんのお話。私からの条件はこうです。一つ。不潔な脛毛を永久に処理すること! 二つ。野球なるもので信長兄様を超えること! 以上よ!」
ブフッ! 思わず吹き出したよ私。
脛毛ツルツル指定? しかも野球で信長様超え⁉
「脛毛……? 野球……?」
賢政さん、宇宙の真理を問うような顔で固まっちゃったよ。
「ということだ。勝負は3日後。俺が投げたボールをヒットしたらお前の勝ちよ。賢政、市と夫婦になりたければ懸命に野球を覚えよ」
おい、信長様、お市ちゃんの戯言を実行するんかい。
「真昼、お前が賢政のコーチをしてやれ」
「は⁉ ちょっと信長様、なんで私が⁉」
『藤吉郎は打力不足、十兵衛と又左は野球の練習不足よ。小娘、泰朝を破った時を思い出すんじゃ』
センイチ? あんたが教えろや。
「さて、と。俺たちは歓待されてやるから宴会場に案内せい」
『信長よ、儂も歓待受け続けたいぞ。酒を浴びせよ! 今宵は無礼講ぞ!』
「俺は下戸よ。赤、海、雨! センイチに付き合ってくれぬか?」
「「「承知!」」」
おい、おっさんたち。喉を鳴らしてないで主君の賢政さんを心配しろや。
こうして信長様とセンイチはスタスタ先に行っちゃった。
又左さんと光秀さんとねねちゃん? あんたらもスタスタ行くってそっち側かい。
なんちゅう横暴、さすが魔王と配下たちだよ。
唯一の良心は藤吉郎さんと小一郎だねえ。残ってくれて嬉しいよ。
いや、わかってるよ? お市ちゃんの護衛で残ったんだって。
当の賢政さんは、あまりの展開に呆然としていたが、お市ちゃんの美貌に当てられたのか、決意に満ちた顔になっていく。
「了解しました信長殿! この賢政、即座に脛毛を剃り、見事勝負に勝ってみせましょう。お市殿、見ていてくだされ、必ずや勝負に勝ち、あなた様と夫婦になりましょう!」
賢政さんは鼻息荒く宣言しちゃうのでした。
恋の力って、判断力を奪うんだね。怖い怖い。
よく見て賢政さん、お市ちゃんの顔、邪悪な笑みで満ちているよ?
***
そして私の鬼コーチ生活が始まった。
「違う違う! ボールが来るでしょ! バッビューンって感じで振るの! ほら、脛毛と一緒に迷いも剃り落として!」
「は、はい! 真昼殿!」
賢政さんは真面目だ。手の豆を潰しながら、必死に金属バットを振っている。
でも、それを高みの見物してるお市ちゃんは、ねねちゃんや小一郎と小谷の美味しいスイーツを食い散らかしながら、余裕綽々の笑みを浮かべてる。
「お兄様が手加減するわけないし、これで賢政は負けるわ。そうすれば私は真昼と2人で自由の旅に……うふ、うふふふ」
このロリっ娘、マジで駆け落ち計画を諦めてないよ。
私としても賢政さんに勝ってもらわないといけないんだけど、なーんか気合入らないんだよなあ。
賢政さんの片想い状況だからかな?
両想いだったら迷うことないんだけど。
でも、平和だよね~。こうやって、これからも野球で外交していくのもいいよね~。
そう思っている私だったけど、やっぱり戦国の世は甘くないようだ。
***
対決前日の夜。
私は豪華な夕飯をたらふく食べて、お市ちゃんとねねちゃんに挟まれて爆睡していた。
右からお市ちゃんの踵落とし、左からねねちゃんの回し蹴りを顔面に食らってるけど、プロの寝子である私には通用しないのだ。グオー。
爆睡する私たちに構わず運命の針は回り続ける。
不意に、枕元のセンイチが跳ね起きた。
『……ッ⁉ この強烈な波動……嘘じゃろ?』
その気配に、深く眠っていたミズハラボールも一瞬だけ覚醒する。
『……フッ。親友対決じゃな。センイチ、ま、精々頑張れや……。ズズッ……』
ミズハラはそれだけ言って、また深い眠りにつく。
センイチは新たに感じ取った英霊ボールの波動に、ただ、天井を見上げた。
さらにこの頃、光秀さんが信長様たちにとんでもない話を語っていた。
「どうやら、無理やり隠居させられて不満を溜めている久政殿に、朝倉家の山崎吉家が接触しているようです。久政殿は織田ではなく、朝倉を後ろ盾にしたいと考えている様子」
「なんだと⁉ お市様の縁談に泥を塗る気か!」
「地理的に、隣接する越前の朝倉家を頼るのは浅井家にとって妥当でしょう。……ですが、お市様の縁談交渉中にこのようなことをするとは。……信長様、いかがいたしますか?」
又左さんが槍の石突きで床を叩いて憤慨し、藤吉郎さんが憂いの表情を見せるけど、信長様はニヤリと笑うだけ。
「外交なんざこんなもんよ。俺と共に歩むか、朝倉を選ぶかは浅井家が決めること」
必ず自分を選ぶはずって自信満々、どこから湧いて出るんだか。
さらにさらにその頃、中庭では月明かりの下、賢政さんが汗だくで素振りをしていた。
お市ちゃんと夫婦になりたい一心だけで、重いバットを振り抜く。
「はあ、はあ……信長殿に、勝つ……!」
そこへ闇の中から真っ赤に輝くボールが、コロコロと転がってくる。
まるでこの出会いが必然かのように。
『……ええスイングじゃ。じゃが、腰の開きがほんの少し早いのう』
「だ、誰だ⁉」
賢政さんが驚いてバットを構え、赤い球に視線を向ける。
「喋るぼおる。……センイチ殿と違う声色……」
ボールは、賢政の足元まで転がってきて答える。
『広島から名古屋を目指したかいがあったわい。ここで勝負をつけようぞ、センイチ!』
「き、貴殿は一体……?」
『儂のことはコウジ……他のコウジと区別して読みのコウジと呼べ。決してピーコと呼ぶなよ。賢政よ、お前にミスター赤ヘルの真髄を叩き込んでやるけえ、覚悟せい』
真っ赤に燃え上がるボールを、賢政は震える手で掴んだ。




