第18話 長谷川真昼、孤独なウサギを思い出す
場所は大垣城の中庭。
本来なら静寂に包まれているはずの深夜だけど、今は松明が焚かれて異様な熱気に包まれている。
マウンドには信長様。キャッチャーは私。
一塁は、猿なのにサマになってファーストベース踏んで構えている小一郎。
三塁はミットをバシバシさせてうるさい又左さん。
ショートは藤吉郎さんで、審判が光秀さん。
「ふむふむ、打つ人の肩下から膝皿、ベースとやらの空間に入ればストライク。外れればボール。フェアゾーン以外に飛ぶのがファール。ストライクが3つで三振、ボールが4つでフォアボール。打者にぶつかればデッドボール。理解しました、センイチ殿」
『さすが十兵衛よ。小娘と違い、理解が早い』
こらセンイチ、光秀さんにルール教えつつ私をディスるな。
デッドボール食らわすぞ。
お市ちゃんとねねちゃんは黄色い声援……じゃなくって「こっちが勝ったら降伏しなさい」「四つん這いの馬代わりにしてあげますわ」なんてヤジを飛ばしてる。
やべえロリっ娘どもだよ。
松明を設置してスコアラー係させられているのは、この城の主である氏家直元のおっさんだ。
可哀想に、顔が引きつってるよ。
バッターボックスは規格外の巨体、斎藤義龍。
手にはバット……じゃなくて、鬼が持ってそうな金棒を持ってるんですけど⁉
しかも表面にイボイボついてるし! あんなのセンイチに当たったらセンイチが死ぬよ!
ま、英霊ボールだから大丈夫か。
『……いくぞ』
ヒロミツの厳かな声が響く。
信長様が振り被って第1球、投げました!
ビュン! バシィ!
際どい! アウトコース低めいっぱい!
光秀さんが手を挙げかけ、判断に迷う中、ボールのヒロミツが冷静に告げる。
『ボールだ。ストライクゾーンより半個ずれている』
「ボ、ボール!」
光秀さんが慌ててコールする。
んな⁉ てか振れよ義龍。
フフン♪ どうせ手が出なかったってオチでしょ?
「チッ。選球眼ってやつか。ウゼえな」
信長様も舌打ちしてる。
てか何? なんで金棒をゆらゆらさせてんのこのおっさん!
構えが定まってないよ? 酔ってんの?
『神主打法……ヒロミツの現役時代そっくりよ。ゆらゆらとバットを遊ばせ、インパクトの瞬間に力を集中させるのじゃ』
信長様にセンイチを送球する前、ミットの中でセンイチが呟く。
神主? 神様の打法ってこと? お祓いでもしてんの?
「ワンボールノーストライク!」
氏家のおっさんが叫ぶ中、第2球。
信長様が腕をしならせる。
来た! ど真ん中のストレート!
義龍が金棒を振るう!
ブォン!!
風圧で私の前髪が吹き飛ぶかと思った。
金棒は空を切った! ……が。
バシュッ! パリーン!
センイチが猛スピードで後方の松明を粉砕した。
「ほえ? 当たってないよね?」
『ストライクじゃ! 今のは風圧だけで軌道を変えられて飛ばされたんじゃ!』
はあ⁉ 風圧だけで⁉ 漫画の世界かよ!
「ファ……ス、ストライク!」
光秀さんの声も震えている。
まさしく怪物だ。この義龍って巨人!
『おい小娘! これがもし3ストライクなら振り逃げ成立じゃ! 奴が走れば誰にも止められんぞ!』
回収されたセンイチが慌てている。
振り逃げ? なにそれ。
「無銭飲食野郎なら、幼稚園児の時に捕まえたことあるよ? 逃がさないよ?」
『違う! 三振したのに一塁に走れるルールのこと。つまり打たれていないのに、勝負に負けたことになるのじゃ!」
何それ? 野球って無銭飲食仕放題なの⁉ 犯罪推奨スポーツなの⁉
『……そんなつまらんことするか。なあ、義龍』
「ああ、一塁に走る気なんぞさらさらないわ。打って叩き潰すのみ」
ヒロミツと義龍の余裕綽々がムカつく!
ん? でもこの感じ……どこかで?
第3球目はボール。
第4球目は小一郎が守るファーストベース右を横切るギリギリのファール。
よし、追い込んだ。
「ツーボール、ツーナッシング」
氏家のおっさんの焦燥する声が響くが、義龍に焦りの色はない。
……やっぱり。この人たち、自分だけの世界に入ってる。
第5球目、義龍の胸元を抉るボール。
それでも義龍は微動だにしない。
「チッ! 避ける反動で空振りすると思ったんだがな」
信長様がイライラしてきてる。
だよね。私の目線はそんなにゆらゆら揺れるバットそんな気になんないけど、ピッチャーの信長様の視線だと、めっちゃ気になるよね。
センイチを返球する前に、私は義龍とヒロミツに話しかける。
「ねえ? 本当は寂しいんじゃないの?」
返ってくるのは無言。
でも私は続ける。反応がないのは私のターン継続なんだから。
センイチを返球して、信長様が地面を下駄で蹴ってマウンドを整備してる間に続ける。
「私が通っていた幼稚園でウサギ飼ってたんだけどさ、一匹だけ絶対他のウサギと群れず、園児にも懐かなかった奴がいたんだよね」
信長様が投げる。
ガキーン!
今度はサードの又左さんの横にセンイチが飛ばされる。又左さんが「うおっ!」と飛び込んだが塁上左に逸れるファールだ。
「でもそのウサギ。餌はきっちり食べてたんだよね。一匹で黙々と」
ガキーン!
ライト方向への大飛球。これもファールだ。
センイチを回収しに小一郎が走る。
元気なお猿さんだなあ。本当に猿か怪しくなってきてるけど。
中身、元の飼い主の道三だったりして。
義龍の眉がピクリと動く。
フフ、効いてるっぽいね。
「ある日、近所で学校や家の庭で飼われているペットたちが殺される事件が起こったの。私、心配になってこっそり夜中に幼稚園に行ったんだ」
カキーン!
今度は真後ろへのファールだ。
「ぐわぁっ!」
光秀さんの右頬が風圧で切れて出血した。
ごめん光秀さん! でも続ける!
「するとさ、その孤独なウサギが他のウサギたちの前に立って守ってたんだ。グルルと唸って、犯人から目を逸らさずに」
カキーン! またも真後ろへのファール。
「ごふっ!」
光秀さんの左頬も出血する。
ごめんってば! あとで絆創膏あげるから!
「まあ、犯人は私が捕まえたけど、これであのウサギもみんなと仲良くなったかな? って翌日幼稚園に行くと、やっぱり一匹で他のウサギと距離を置いてたんだよね」
義龍の構えが、ほんの少し固くなる。
父を殺し、国を奪い、孤独を選んだ男。
でも、それは美濃を守るためだったんじゃないの?
道三って人の改革に、部下が悲鳴をあげてたんじゃない?
「……でも」
カキーン!
グフッ!
ファールボールが氏家のおっさんの腹に直撃する。
おっさんが崩れ落ちて松明が地面に転がる。
あーあ、これはは完全に事故だよね。避けられなかったのが悪いってことで!
「でも気づいたんだ。他のウサギたちがみんな、孤独なウサギを尊敬の眼差しで見てたことに。義龍さんもそうなんじゃないの? なのに勝手に孤独を気取っている!」
義龍の目が大きく見開かれる。
「……戯言を!」
義龍が激昂する一瞬、ゆらゆら揺れていたバットが止まった。
力が入ったんだ!
「もらったああああああ!」
渾身の信長様のストレートが私のミットめがけて放たれる!
これで決まる! 確信めいた予感が私の身体を駆け巡る!
カキーン!
快音が響く!
えっ、打たれた⁉
打球は? 三遊間にワンバウンドして猛スピードで転がっていく!
抜ける! レフト前ヒットコースだ!
一塁に走る義龍。巨体なのに速い!
戦車がビルに突っ込んでいくみたいだ!
「任せろ。……兄上ぇぇぇぇぇ!」
叫び声と共に、ショートの影が飛んだ。
藤吉郎さんが懸命に横っ飛びして、地面スレスレでキャッチ!
土煙の中、膝をついたまま藤吉郎さんがトスする。
「又左!」
「応ともよ!」
サードからカバーに入っていた又左さんが、素手でボールを掴む。
そのまま流れるような動作で、一塁の小一郎へ送球!
白いレーザービームが一塁へ突き刺さる!
義龍の足がベースを踏む。
小一郎のミットがボールを捕る。
バシッ! ドン!
音が重なった。
砂埃が舞い上がり、視界を遮る。
「……はあ、はあ」
全員が固まっているよ。
どっちだ? どっちが速かったんだ?
「光秀さん!」
「……見えなかった。ここからじゃ」
光秀さんが私の後ろで呆然と呟く。
審判機能してないじゃん!
「どっちだ!」
信長様が叫ぶ。
「俺の勝ちだ」
義龍が低く告げる。
「ウキー! ウキキノキー!」
小一郎も譲らない。
これ……もっと揉めるパターンじゃね?




