第17話 長谷川真昼、巨人と出会う
「うおおおおおおおん! お市様ぁ! この手ぬぐい、家宝にして末代まで語り継ぎまさぁ!」
「俺も! 俺もっす! ねね様の汗の匂い、一生忘れねえっす!」
木曽川を渡りきった地点で、小六さんと小右衛門さんが号泣しながら去っていく。
手に握りしめられているのは、さっきお市ちゃんとねねちゃんが額の汗を拭った手ぬぐいだ。
……汚くない? 普通に考えて。
まあ、あのゴツいおっさんたちが乙女のように頬を染めてる図は、ある意味ホラーだけど平和でいいか。
「さて、ここからは獣道です。足元に気をつけてください」
「はーい」
光秀さんを先頭に、私たちは大垣城方面への隠密ルートを進む。
藤吉郎さんは美濃の空気を吸い込んで、なんか複雑そうな顔をしてる。
そりゃそうだよね。実家みたいなもんだし、でもお父さんの道三はすでに戦死していて、それが実のお兄さんの仕業って色々思うことあるよね。
センチメンタルな気分に浸るのも分かるよ。
なんてことを思って、この日も暮れようとしていると。
『……この気配……とてつもない大物が近くにおるぞ』
センイチの声に緊張が走る。
「ほう? 大物か。美濃で大物といえば義龍ぐらいよ。俺には劣るがな」
信長様、うそぶいてスタスタ歩かないでよ。
まったく自由人なんだから。
「センイチ殿の気配察知なら英霊ボールとやらでしょう。大垣城の主は氏家直元殿」
「氏家殿は生真面目な御仁で、喋る球体への対応力はないと思いますが」
藤吉郎さんと光秀さんの呟きに、センイチが続きを口にする。
『大垣城が靄がかかったように何も見えん。……まるでメディアをシャットアウトする鉄のカーテンの如く。……はっ⁉ まさか秘密主義のあやつか!』
なにそれ。マスコミ嫌いの有名人?
てか、ボールにプライバシー保護機能とかついてんの?
「なら大垣城に行く一択だな。面白え、今度こそ手柄を立ててやる」
又左さんの目の色が変わる。
「氏家直元殿は西美濃三人衆とも呼ばれる重要人物。信長様、いかがいたしますか? 彼は義龍の側近中の側近です」
光秀さんも冷や汗かいてる。
迂回するのがセオリーだよね。普通なら。
でもさ。
「ほう? 秘密主義とな? なら秘密を暴くのが俺の役目よ」
「ですよね。秘密なんてされたら覗き込んでこじ開けるのが正解ですよね!」
「信長様、真昼、人には隠さねばならぬ事情もあるんですよ?」
藤吉郎さんがツッコんでくるけど、それはそれでこれはこれなのだ。
「城内の布団と湯を拝借しましょう」
「ついでに美少女がいるか確認もですよ、お市様」
ロリっ娘2人さあ、ひそひそ話の内容が変なんだけど?
「やはりそう来ますか。……フッ、いいでしょう。氏家殿ならば交渉の余地もあります。行きましょう」
光秀さん、こうなることわかってたでしょ。
ニヤリと爽やかスマイル見せちゃってさ。
こうして私たちは、闇夜に紛れて大垣城への潜入を決行したのだった。
***
城壁をよじ登り、天守閣的な建物に侵入する。
中学の頃にやっていたロッククライミングを思い出すなあ。
見よ! スパイダーマン先輩から教わった華麗なテクニックを!
スタスタと登ってチェックポイントにロープを吊るしていく私なんだけど?
「お兄様、邪魔です。真昼様の背後を独り占めしないでください」
「つまらん白を見ても詮無いぞ」
おいこら織田兄妹。私のスカートの中を覗こうとすな!
つーか、白で悪かったな。
なんて一幕がありつつ穴の空いている場所に入っていく私たち。
深夜だから当たり前なんだけど、城内は静まり返っている。
でも警備がザルすぎる。
普通、警備の兵士が見回りしてるもんだよね?
不気味な静寂の中、私たちは廊下を進み、一番強そうな気配がする広間の襖を、そーっと開けた。
いた。
部屋の中央、あぐらをかいて酒を飲んでる規格外にデカい男が。
氏家直元? いや、違う。
この威圧感、もっとヤバい奴だ。
「ほう、こんなところで義兄弟と対面できるとはな」
「ほざけ信長。お主のようなうつけが義弟なんぞ虫唾が走るわ」
男が盃を置いて、ギロリと私たちを睨む。
藤吉郎さんの顔が青ざめるのが分かった。
「義龍……兄上……」
えっ? 義龍?
斎藤義龍って、美濃の国主じゃん!
なんで大垣城にいんの? しかも1人で?
そう思った瞬間、四方八方の襖が開き、長槍を持った兵に囲まれる。
「警備が手薄は俺らを誘い出すためか。存外セコいじゃねえか、義龍義兄さん」
愉しんでいるかのように言う信長様だけど、もしかしてわかっててわざと引っかかったんじゃ?
『なっ……まさか、あれはヒロミツか⁉』
センイチが絶句した。
見ると義龍の手元に、鈍い銀色に輝くボールが置かれていた。
「ほう? どんな奴だ?」
『……三冠王を3度獲得した、球界の異端児にして天才。監督としても秘密主義を貫き、629勝を上げた名将。まさか義龍に憑いているとはな』
信長様の問いに、センイチは唸るように囁いた。
三冠王? なにそれ強そう。
「なんだ。勝利数、センイチより下じゃん」
『奴にその尺度は通用せん。勝率は儂を遥かに上回っておる。しかも現役時代の打撃技術が神域じゃ。常識もデータも通じぬオレ流の前では、勝利数など無意味』
オレ流?
つまりマイルールで生きるタイプか。信長様と同じで一番めんどくさい奴じゃん!
「条件を出そう。十兵衛と帰蝶。織田を捨てて再び美濃に戻れ。さすれば命だけは助けてやる」
義龍が低い声で告げる。
藤吉郎さんの肩が震えている。
そりゃそうだよね。お父さんを殺した張本人で、国を乗っ取ったお兄ちゃん。
トラウマレベルMAXだよ。
「なんだ。俺には条件出さんのか。お義兄様」
「うつけが。尾張一国を差し出せば草履取りとして雇ってやるわ」
「クックック、同意見だな。俺もてめえを草履取りとして雇いたくなったぜ」
視線から火花を散らす信長様と義龍。
ヒエッ! か弱い女子高生とロリっ娘の前で何してくれてんの!
普通の女の子なら気絶しちゃう殺気だぞ。
まあ現実は、お市ちゃんとねねちゃん、両手握り拳でワクワクして興奮してるけどさ。
よし、私も覚悟を決めますか。
ここで私が黙ってたら藤吉郎さんが可哀想じゃん?
「はいはーい! 異議あり!」
私は前に飛び出して、ビシッと義龍を指差した。
「その条件、私が野球で勝ったら無効ね!」
「……貴様が信長の恋女房と噂の寵姫か」
は? 何それ? もう美濃にまでそんな変な噂広まってるの?
「寵姫じゃなく長谷川真昼! 織田家のアイドル兼、最強の野球女子高生!」
「戯言を……」
「戯言じゃないもん! 私が勝ったら、その『ヒロミツボール』を貰う! それと帰蝶様と仲直りして!」
私の言葉に、義龍が怪訝な顔をする。
「仲直り……? ククッ、下らぬ。父殺しの俺に何を求めている」
鼻で笑われた。ムカつく。
すると、テーブルの上の銀色のボールが、ぼんやりと光った。
『……やるだけやってみろ。暇つぶしにはなるだろ』
低くて、淡々とした声。
でも、絶対的な自信がにじみ出てる。
「ヒロミツがそう言うなら仕方あるまい。一打席勝負だ」
義龍がゆらりと立ち上がる。
デカい。令和でも滅多にいない巨人だ。天井に頭ぶつけそうじゃん。




