第16話 長谷川真昼、天才少年に一杯食わされる
「モリモチ監督から教わった守備範囲。僕の計算に死角はありません」
半兵衛君がボールを軽く放ると、川原の石がひとりでに浮き上がった。
カカカカッ!
石が弾丸のように飛んでくる! しかも川の水面を跳ねて、不規則な軌道で!
「うおっ! なんだこの石は! 槍で弾けぬ!」
後ろの舟で又左さんが槍を振り回すが、不規則な軌道に対応できず空振り。
「ぐわっ!」
おでこに石が直撃して又左さんがのけぞった。
「犬千代!」
ねねちゃんが悲鳴を上げる。
信長様はニヤリとして、前のめりになった。
「ほう。あの若造、面白い術を使うな。美濃の麒麟児は伊達じゃあないようだ」
すうっと信長様が息を吸って、叫ぶ。
「おい半兵衛! 道三の遺言を知ってるだろ! この俺に美濃一国譲り状をしたためた! 正統な美濃の主はこの俺よ! 俺に仕えよ! 俺のもとで存分に才を振るうがいい!」
スカウト即決ですか! ホント年齢性別関係ないんだな、この人。
「美濃どころか、尾張一国も手中に収めていないお方が、何を夢物語を口ずさむのです?」
半兵衛君の投げる石が舟の軌道を変えていく!
マジで? 逆方向にされちゃっているよ!
『モリモチさんの計算された守備範囲は鉄壁よ。監督としては383勝と大したことないが、セカンドでベストナイン7回、ダイヤモンドグラブ3回と名選手の力量が少年の力となっておるわい』
『聞こえとるぞセンイチ! 監督としては大したことないがとはどういう意味じゃ!』
『儂じゃありません! この小娘が言ったんです!』
おいこらセンイチ? このまま川に沈めちゃるぞ。
でも、半兵衛君による投擲防衛は完璧。
このままだと美濃に入れない!
「真昼! 伏せて!」
叫んだのは藤吉郎さんだ。
あっぶな! モリモチってボール、絶対センイチの言ったこと真に受けて私に石をぶつけようとしたでしょ!
「センイチ殿、モリモチ殿の弱点は?」
『無い!』
光秀さんの問いに即答かい。絶対、嘘でしょ。先輩が怖いから口にしたくないんでしょ?
『ただ、バックトスの名手じゃが、頭部死球を食らった影響で背後に弱い』
ボソッと呟くセンイチだけど、相手が陸で私たちが川。
どうやって背後に回れと?
「ふん。なるほどな。なら簡単よ。真昼、ここは野球で勝負すればいいさ」
不敵に笑う信長様だけど、不安定な舟で野球勝負なんて……あっ。
私は閃き、ヤクザたち、もとい川並衆に振り返る。
「小六さん! 小右衛門さん! 舵を右に切ってください! あの渦巻いてる岩へ突っ込みましょう!」
「はあ⁉ 無茶振りすんじゃねえよ、死にますぜお姫様の連れ!」
「つべこべ言わずにやるの! 計算高い男には、計算外のバカ騒ぎが一番効くのよ!」
「いいからやれ小六! 全責任は俺が取る」
「ああもう知らねえぞ! 末代まで織田家に責任取ってもらうからな!」
「ひいいい! 死ぬううう!」
「ウキーーーーーー!」
ねねちゃんと小一郎が抱き合って絶叫する中、ドガァアアン!
私たちの舟は激流ポイントへ突っ込み、反動で空を飛んだ!
「さすが真昼ね」
「おお! 舟が飛ぶだと⁉」
お市ちゃんはしたり顔で、又左さんが瞳孔を開く。
「信長様の寵姫の真髄を確認できて僥倖です。……二度とごめんですね」
「まあ、真昼だから仕方なきかな」
光秀さん? 藤吉郎さん? なんか私に呆れてない?
「フッ、これぞ俺の恋女房よ」
信長様、今そのセリフを言う場面じゃないでしょ!
私は空飛ぶ舟から中州へダイブ!
「着地! 10点満点! さあ半兵衛君、野球で勝負よ!」
「……野蛮な。ですが、ここを通るには僕を抜く必要がありますよ」
半兵衛君がグローブを構える。
構えが低い! そして美しい! まるで芸術品だ。
「ルールは簡単。あなたが打ったゴロ打球を僕が捕れたら尾張に帰ってもらいます。捕れなかったら通しましょう。あり得ない話ですがね」
「上等よ! 藤吉郎さん、トスお願いします!」
『活きのいい小娘よ。儂が宿った半兵衛に叶うわけなかろうに』
私はバットを構える。
相手は守備の天才。普通のゴロじゃ、華麗なバックトスで処理されちゃう。
センイチがビビる相手だ。小細工は通じない。
なら、どうするか。
答えは一つ。
「帰蝶、川にトスせよ」
だよね! 信長様!
「はっ!」
藤吉郎さんのトスされたボールが川に落ちる。
そして……。
「うらあ!」
私は川の水ごとボールを叩く!
水しぶきと泥を巻き込んだ、超重量級の打球が半兵衛君を襲う!
「くっ……ボールが見え……!」
バシィ!
それでも半兵衛君はボールを捕ったのだった。
……でも。
重いボールがグローブを弾き飛ばす!
グラブを構えた腕が背中方向に流される!
ドボン!
半兵衛君はボールを掴み損ね、勢いに負けて川へと落ちたのだった。
「勝負あり! グローブごと吹き飛ばせばエラーだよね? 弱点の背中を突かせてもらいました!」
ずぶ濡れの半兵衛君が岸に上がる。
「……参りました。まさか水飛沫を利用するとは」
『いや、背中って弾き飛ばして背中に負担をかけるという意味じゃないと思うぞ?』
モリモチがなんか言ってるけど、当然敗者の戯言はスルーだ。
信長様が半兵衛君を見下ろしていく。
「半兵衛。その知謀と鉄壁、俺の為に使え」
半兵衛君はフッと笑みをこぼし、藤吉郎さんと光秀さんを一瞥する。
「僕は美濃の誇りを大事にしたい。美濃に矛を向ける裏切り者になる気はありません」
半兵衛君は意味深な言葉を残し、背中を見せた。
「次は戦場で会いましょう。ただ、美濃を甘く見ている現状ですと、次はないでしょうがね」
そう言って、半兵衛君は夜霧の中へと消えていった。
「あー、美少年成分ごちそうさま。待たね!」
私はホッとして息を吐く。
……あれ? なんか忘れてるような?
『おい、小娘、半兵衛が持ってたモリモチさんのボールはどこだ』
「ああっ! 回収するの忘れたああああああ!」
私が頭を抱えて叫ぶと、霧の向こうから半兵衛君の「フフフ、美濃に通す、通さないの勝負であって、ボールの奪い合いをしたわけではありませんからね」という声が聞こえた。
ちくしょー! 持って帰られちゃったよ!
「生意気な小僧だ。次は俺の槍で串刺しにしてやる」
額にたんこぶを作った又左さんが悪態をつく。
「もう、犬千代はすぐ喧嘩腰なんだから。でも、あの子かっこよかったね。女の子だったら最高だったのに」
ねねちゃんが頬を染めて言うと、藤吉郎さんがちょっと複雑そうな顔をした。
信長様だけが満足げにニヤリとしている。
「美濃の誇りか。まだまだ青臭いガキよ」
こうして私はモリモチボールを取り逃がすという痛恨のミスを犯しつつも、なんとか美濃への侵入を果たしたのであった。




