第12話 長谷川真昼、生き延びてチュートリアルを完了する
豪雨が降りしきる中、センイチボールは空の彼方へと消え去ってしまった。
まあ、どう回収するかは後で考えるとして……今は。
「じゃあ、次は私がバッターだね」
攻守交代。打たれたのなら、私も同じように打つだけだ。
「クックック、英霊ボールを失ってただの人間、それもおなごのお主に俺の球が打てると思うてか。負けを認めるなら命は取らんと約束しよう」
「ごちゃごちゃうっさいよ。可愛くてか弱いピッチピチの女の子に負けるのが怖いんでしょ? お生憎、私が負けを認めるのは命を失う時だけ。一呼吸でもできるうちは足掻くって決めてんの」
「……ほざけ」
泰朝の纏うオーラが怒りに変わる。
ちょっと、こっちはか弱いって言ってるのに、なんで武将モードで睨んでくんのさ。
女の子を優しく扱わない男はモテないぞ?
お姉ちゃんの口癖だ。そう口にするとき、いつもお姉ちゃんの後ろにピクピク気絶してる男の人いたっけ。
『泰朝、このメスの皮を被った怪物を侮るなよ。センイチにデバフを掛けたのに150キロの速球を投げおった。人外に違いなし』
「ふっ、相手に不足なし! 義元様の覇道の邪魔をする者は、この朝比奈泰朝が尽く屠るのみ! 信長もメスゴリラもな!」
「ちょっとちょっと、怪物とか人外とかメスゴリラって誰のこと⁉ よく見て私を! ほら、可愛いでしょ?」
「……」
『……』
沈黙って、おい。
「見た目に価値を求めるのは愚物よ。人間は中身で判断する。おなごの価値は寝屋で男を悦ばせ、優秀な子を成してこそ価値があるのだ」
『神聖なグラウンドに女は不要。千に一つも勝てぬ勝負に挑むは愚かを通り越して哀れよ』
カッチーン。
あったまにきた。
朝比奈泰朝、ミズハラ。
この私に喧嘩売ったこと後悔させてやる!
私は泰朝が使っていたバットを受け取り打席に立つ。
えっと、構えはたしかこうだったよね。
「……右で投げていたのに左打ち?」
『泰朝、気にするな。打者の理論としてはあながち間違いでもない』
おっ。警戒してる。
なら、この構えで合ってるってことか。
えっとグリップエンドの持ち方は……。
「……3球で勝負を決めてやる」
「3球? それって全部ストライク投げれたらの話でしょ? コントロールあんの? デッドボールはやめてよね? あっ! デッドボールなら私の勝ちにするなら当ててもいいよ。避けるけどさ」
「口の減らない小娘だ」
泰朝が振り被って……⁉
えっ、なんで上半身を屈ませて手を地面スレスレにするの⁉
ビュン! ゴツン! メシメシメシ!
一瞬で私の目の前をボールが横切り、後方にあった木が抉られる。
……私の投げた球より早い。しかも上から投げないから、信長様が投げるボールと全然軌道が違う!
「ノーボールワンストライクだ」
「うん、ど真ん中なのは認めてあげる。でもまだたったワンストライクなんだから勝負はついてないよ」
「フッ、その強がり。敗北したあとの表情を見るのが楽しみだ」
マズイマズイマズイ。
投げてくる→バットを振る→当たる→ホームラン以前の問題だ。
上から来るボールはイメージできていたけど、下から来るボールのイメージが追いつかない!
落ち着け私、しょせんボールはボール。目の前を通過する瞬間にバットに当てればいい!
泰朝が振り被って、第2球目を投げました!
今だ! バットを振れ!
なっ⁉
ボールが揺れて残像が複数あるかのように見える⁉
私のバットが空を斬った。
「なに……今の」
「クックック、ようやく俺好みのおなごの顔になったな、どうだ? 俺のドリームボールは? ミズハラが俺に伝授した秘技中の秘技よ」
「……変化球ってやつね。正直、全く頭になかったから見せてくれて助かったよ。次は……打つ!」
「フフフ、打てるものなら打ってみろ」
ガチでヤバい! 信長様はストレートしか投げてなかったし、センイチもまずは直球よとか抜かして教えてくれなかったし!
そんな中で、いきなりボールが分身する変化球操る相手と勝負する羽目になるなんて、私は運もないのかい!
「次で決める」
泰朝が振り被る。
このままだと……負ける?
脳裏に小学2年生の頃、クラスで飼っていたハムスターのハム子が脱走した光景を思い出す。
授業中、変幻自在の動きでクラスメイト全員を翻弄したハム子。
右を向いたと思ったら左に向かい、気づいたら私の机の上でニヤリと笑い、頬袋からヒマワリの種を噴射してきたハム子。
無限に湧き出るヒマワリの種の嵐……痛かったなあ。
そうだよ。ドリームボール? 下から投げる直球? あの残像も、ハム子に比べれば見劣りする!
本物のボールは、これだ!
ガキン!
「!」
「当たった! ボールは⁉」
『こっちじゃ小娘。泰朝、ファールじゃ。次で決めよ』
ミズハラの声が、私の真後ろの木に突き刺さった状態で聞こえてくる。
ちっ、捉えきれなかったか。
「俺のドリームボールを当てただと?」
『真後ろじゃ。気にするな。……と言っても油断は禁物。真後ろのファールはタイミングが合ってる証拠ぞ』
ふむふむ。タイミング合ってるのね。
じゃあ次は真芯にぶつけてやる!
泰朝が第4球を投げるべく振り被る。
……くる。
「俺の勝ちだ! 長谷川真昼!」
きた! 真下から連射された、ハム子のヒマワリの種の軌道を思い出せ、私!
ガッキーン!
うっし、手応え……あり!
「なっ……」
絶句し、泰朝が後ろを振り返る。
ミズハラボールは、センイチボールと同じく豪雨の空の彼方へと消え去っていったのだ。
「っしゃあ!」
飛距離は絶対私のほうが出た!
この勝負、私の勝ちだ!
「なぜだ……なぜ、俺がドリームボールではなくストレートを投げると読んだ? 状況的にドリームボール一択の筈だろうが……」
「なぜ? ……うーん、女の子の勘ってやつ?」
「ふざ……けるな。それで俺の160キロが打たれてたまるか」
「アハハ。ま、勘も本音だけど、あんたの顔、マスクで隠れてるけど眼でストレートがくるって感じ取った……かな? 最後は全力を出したいって思うのが人間の性じゃん? センイチが言っていたよ。直球こそ全力って。それにドリームボール、ファールだけど私に当てられたもんね」
私が逆の立場なら、やっぱり直球を選択したと思う。
だって、力でねじ伏せたほうがスッキリするから。
「さ、約束通り兵を引いてください。私は田楽狭間に向かいます」
なんて言う私に、泰朝が率いている兵たちが一斉に槍を向けてくる。
やっぱこうなるのか。
「止めよ! 勝負は俺の負けだ」
おお! 泰朝の声に兵たちがビクッとしてくれたよ。
相当な大物だ。この泰朝って人。
「し、しかし朝比奈様! このままですと本陣に合流できませぬ!」
「……もう遅いさ。怪物との勝負に時を費やしすぎた」
そう呟いた泰朝の声は、どこか寂しそうだった。
パコンパコンパコン、馬の蹄が雨の中で響き、私の前で止まる。
「無事か、真昼!」
「ウキー! ウキキ、ウッキー!」
「藤吉郎さん! 小一郎!」
手には2つのボールが握られていた。
センイチとミズハラだ。
「……義元様はどうなった? 木下藤吉郎、いや、帰蝶姫」
「毛利新介殿のバットで絶命した。今川本陣は潰走、我ら織田信長様の勝利よ」
え? バットで倒したんだ?
新介さんか。スタメン発表の時にベンチで泣いていたの覚えてるよ。
うーん。殊勲おめでとうと思うべきか、武器がバットでいいのかと思うべきか、なんか複雑な気分だ。
「ふざ……けるな! そんなわけあるか! こいつらを殺して信長の首を獲ってやる!」
今川兵たちが激昂し、泰朝の命令に背いて突進してくる。
あ……ヤバい。丸腰で泥濘んだ最悪の地面。躱しきれない……このままじゃ死ぬ……!
数十の槍の穂先が私たちに襲いかかる。短い人生だったなあ。せめて恋ぐらいしたかったよ……。
ビュン! ビュン! ビュン!
空気が割かれる音が響き渡る。
藤吉郎さんと小一郎、それと泰朝から発せられる音だった。
つっよ! 全員つよ! てか泰朝も自分の兵士に容赦なさすぎでしょ。JKの前で血飛沫見せないでよ。
「俺の命に背く愚か者は要らぬ。……引くぞ」
低く呟く泰朝の声に、生存している今川兵が泰朝の背後に整列していく。
「朝比奈泰朝殿、投降せよ。氏真に今川を治める器量などあるまい」
「侮るなよ帰蝶姫。おなごを重用する織田家なんぞに誰が投降するものか! 長谷川真昼、今はミズハラを預けておく。必ずや取り戻すぞ、首を洗って待っていよ」
私たちへ捨て台詞を吐いて、朝比奈泰朝率いる部隊は去っていった。
ふひい……助かった~。めっちゃ疲れた。
でもなんだろ? スキップ不可のチュートリアルが終了して、これからが本番って気分は?
「帰って湯船に浸かろう。真昼、お手柄だったな。猛将朝比奈泰朝殿を食い止めた功績、計り知れないぞ」
「ウキー!」
「あはは、ありがとうございます。藤吉郎さんたちは手柄を立てられましたか?」
「……いや、どうも私は剣も槍もバットも不得手でな。ボールを運よく回収できたぐらいかな?」
「そんな謙遜しちゃって。めっちゃ強いじゃないですか! 小一郎も凄かったよ!」
「ウッキー!」
「私なんて織田家家中ではまだまださ。泰朝殿が我らに刃を向けていたら危なかった」
藤吉郎さんでまだまだって、織田家はお姉ちゃん級の怪物ばっかかよ。
戦国時代、恐ろしいところ!
あとで聞いた話だけど、乱戦の田楽狭間ただ中まで飛んだ最初のミズハラボールは、敵将松井宗信の兜を揺らし、2個目のセンイチボールが義元の肩を直撃したそうな。
最後の命を燃やさんと猛威を振るっていた2人は、それで姿勢を崩し、討ち取られたとか。
南無……私は悪くないので化けて出ないでください、宗信って人と義元って人。
穏やかに笑う藤吉郎さんの手の中で、センイチとミズハラはスウスウと寝息を立てていた。
***
撤退中の、とある今川軍の様子。
若武者が懐に入れた白球に話しかけていた。
「まさか義元様がなあ。人生わからぬものよ」
『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。義元は慢心し、信長は執念があった。ただそれだけよ』
「まさか泰朝殿と織田軍にも、貴殿のような存在があるとはのう。貴殿が言っていた通り、108の球体も戦っておるのじゃな」
『その通りよ。我らはこの戦国の世で、真の勝者を決める戦いをしている。野球にこだわる必要ないのに、センイチもミズハラも愚かな男よ』
「ブルッ……貴殿は恐ろしい男じゃ。……さあて、これからどうしよう。氏真が主君はちと心許ないのう」
『独立すればよい。儂が手を貸してやろう』
「手、貴殿にありませぬぞ? それに独立するにも力が足らぬ。三河の連中、儂より念仏のほうが好きだし、知多の伯父貴も野心家。吉法師様も儂を許さぬだろうて」
『知恵を使え。戦も野球と同じく勝負の前のデータ集めが大事よ。信長には当分の間、氏真の下で抵抗せい。こやつ、厄介だが有能と思わせるのじゃ』
「……なるほど! 己を高く売り込む策ですな。面白い。やり遂げて見せましょう」
『それでこそ真の三河の主よ。元康』
「ええ。今後も儂に知恵を授けてくだされ。……ノムサン」
――【風雲、桶狭間編】完
【旅せよ乙女、お市ちゃん結婚編】に続く。




