第10話 長谷川真昼、レギュラー発表を見届ける
織田家に就職してひと月が経過した。
私は吉乃さんやお市ちゃんたちと平和なひとときを過ごしている。
織田家家中に野球を布教して一定の成果を達成したし、みんな野球の練習に夢中だし、はあ~平和っていいよねえ。
……お市ちゃんは無茶振り凄いし、圧が信長様みたいだから接するの苦労してるけど。
フフン♪ 今日はお市ちゃん、礼儀作法のお稽古で忙しいから苦労する心配もないぞ~。
吉乃さんと信長様の間に産まれた子供たちも私に懐いてきたし、これで私をクビにしようものなら奇妙丸君に取り持ってもらうもんね~。
我ながら恐るべき策士だよ。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ! てね♪
ん? この使い方で合ってたっけ?
まあいいや。
さてと、吉乃さんとガールズトークするとしますか。
「あらあら、真昼さんのお話は奇想天外で面白いですわ。今日も普通の女子高生のお話をしてくださいませ」
吉乃さんは穏やかな美人さん。
藤吉郎さん、もとい帰蝶さんとタイプ違うね~。
キリッとした美人さんの帰蝶さんと、おしとやかタイプの吉乃さん。
出会った初日に信長様に訊ねた、吉乃さんと帰蝶様どっちが好きですか発言。
悪いこと聞いちゃったってちょっとだけ反省してるよ。
たしかに、この2人のどっちか選べって言われたら迷うよね。
でも謝んないぞ。信長様の魂胆は見えている。
私を吉乃さんと奇妙丸君、茶筅丸君におごとくちゃんの相手させてるのって信長様にも都合いいもんね。
夜は吉乃さんとラブラブで、昼は帰蝶さんとラブラブできるもんね。
まったく、信長様もしょせんは男ってもんよ。
でもまあ、まだハイハイの茶筅丸君、赤ちゃんのおごとくちゃん可愛いし、奇妙丸君も大人しい性格で私の話を正座して聞いてくれるの弟と妹ができたみたいで最高だよ。
全員吉乃さん似なのもポイント高い。
「そんでね、始業のチャイムが流れて門が閉まるんだけど、私、走ってるじゃん? すぐに止まれないじゃん? なのに教師ったら門を開けないんだよ、酷くない? このままじゃ激突して門を破壊しちゃう、そう思った私は……」
そこで襖がスッと開く。
「真昼、ここにいたか、グラウンドに来い」
うげっ、なんで来るのかなあ信長様。
「あら、信長様。真昼さんのお話、とても面白いのですよ? 彼女の故郷だと真昼さんは普通だそうです。信じられませぬ」
「信じるなよ。これの上が大勢おったら日の本はとっくの昔に滅んでおるわ」
ん? 吉乃さん? 信長様、どういう意味?
吉乃さーん、クスクス笑わないでー。
「父上。それがしも野球をやりとうございます」
「奇妙丸にはまだ尚早よ。今は母の側を守っておれ」
「はい、承知しました、父上」
うんうん、織田家の野球の未来は安泰だね。
ていうかやっぱ、信長様も父親なんだなあ。家臣たちといる時より優しい顔してるね。
「真昼よ。頷いてないでとっととグラウンドに行け」
……私も優しく扱って! このブラック企業の社長め!
「ちぇっ、待たね吉乃さん」
「ええ、是非続きを教えてくださいませ」
こうして私は吉乃さんたちに見送られ、信長様に急かされてグラウンドに向かうのだった。
***
『もっと腰を落とせ! ミットはこう持つのじゃ!』
偉そうなセンイチの声が響き渡る清洲城下町の広大な空き地。
ここにセンイチの指示のもと、簡易だけどマンガで見たことのある野球場が出来上がっている。
おお! みんな見違えているよ!
権六さんのノックに、グラブを使ってボールをキャッチしてる!
勝三郎さんや成政さんたちの素振り音もいいね。
風を切る音、カッコよく見えるよ。
『全員整列!』
信長様の手にあるセンイチの声に、全員が集まる。
総勢100名はいるぞ。……ごくり。みんな緊張してる。一体、何が始まるの?
「レギュラー発表するぞ! 4番ピッチャーは俺!」
信長様が高らかに宣言した。
おお、レギュラー決める段階か。
私が呼ばれたのも納得だよ。
これは見届けたいもんね。
これぞ人間ドラマ。しかもメンバー集めに尽力してる私なのだ。握り拳に力が入っちゃうよ。
「くっ……」
「三左よ。俺に挑んだ度胸は買うが、キャッチャーが捕れるボールの時点でまだまだよ」
おお! 顎髭がカッコいい森三左衛門可成さん、信長様とポジション争いしたんかい。無謀だけど、そういうの嫌いじゃないぞ。
「1番センター、五郎左!」
「はい。丹羽五郎左衛門長秀、承知しました」
おお! 長秀さんおめでとう! またお茶菓子ご馳走になりに行くね。
「2番セカンド、勝三郎!」
「ありがたき幸せ! この池田勝三郎恒興に期待してください!」
うん! あのカニ歩き練習が実ったんだね。良かった良かった。
「3番ファースト、権六!」
「ふむ、3番という大役、この柴田権六勝家、しかと拝命しましたぞ。」
おお、勝家さんがファーストか。ガタイよくて背も高いしパワーもありそうだもんね。
「5番サード、久助!」
「クリーンナップを承り、この滝川久助一益、感無量です。甲賀忍者の真髄見せてやりましょう」
さすが一益さん、有言実行だね。見事若手に勝ったんだ。
他の若手たちに焦りが滲んでいる。
そうだよね、せっかく練習したんだもん。レギュラーになりたいよね。
「6番レフト、右衛門尉!」
「承知! 我が佐久間右衛門尉信盛の打力、柴田殿、滝川殿に劣らぬことを証明しましょう」
またしてもおっさん!
以外とベテラン偏重主義なのか? 信長様もセンイチも!
よもや居酒屋ノブにいたおっさん3人全員レギュラー勝ち取るとは!
「7番ライト、内蔵助!」
「ありがたき幸せ! この佐々内蔵助成政、必ずお役に立ちます!」
おめでとう、成政さん。若手の意地を見せたんだね。
また今度、からかいに行こっと。
「8番ショート、藤吉郎!」
「はっ! 木下藤吉郎、身命を賭して勝利に貢献しましょう」
一段とどよめきが強まる。
ほへえ。私もビックリだよ。藤吉郎さんがレギュラーなんて。
本当は女の子でお姫様だった帰蝶様なのに、大丈夫なのかな?
残る席は一つ。全員が固唾を呑むのがわかる。
私もドキドキしてきたよ。
「9番キャッチャー、真昼!」
「ほえ⁉」
絶句と絶望が残る人々から湧き上がってくる。
え? マジで? 私、初日に1回捕球しただけで、全く練習してないんだけど⁉
『これは仕方がないことじゃ小娘。信長の剛速球を捕れるキャッチャーがおらんのだ。頼んだぞ、信長の恋女房』
なんてことだ。これはキャッチャーの育成を重点的に考えねば!
てか、小一郎もグラブ握りしめて泣いてるのなんで?
まさか、猿もレギュラー争いしてたの?
あれ、猿だよね? 私のキャッチャー問題より気になるんだけど。
「レギュラーもまだまだ暫定よ。悔しければもっと練習しろ! レギュラーも奪われたくなければより練習せよ! わかったか!」
「「「「はい!」」」」
感動だねえ。これぞ青春だねえ。
ねえ、誰か、キャッチャーやらない?
こうして、今日という日は終わる。
この瞬間までは、そう思っていた。
パコンパコンと馬の蹄が響いて、甲冑姿の兵士が私たちの前へとやってくるまでは。
「申し上げます! 今川家が進軍を開始しました! 先鋒は松平元康! 総兵力2万5千!」
ほえ⁉ 合戦が始まるの?




