大鎌の少女、アルテナ③
「言ったなこのアマ! 後悔すんじゃねぇぞ!」
怒号と共に男の周囲の空気が歪み、そしてその変化が訪れた。
「ええっ!?」
マーガレットは自分の目にしているものが信じられなかった。
男の体格がみるみる変わってゆく。全身の筋肉が膨れ上がり、着ていた衣服を引き裂いて露わになる。体色も人肌のそれからどす黒い禍々しい色へと染まり、それに伴いふさふさの体毛が新たに生えてきて、またたく間に全身を覆った。
「どうだ! これが俺の真の姿! へなちょこだった人間とは、もう違うぜ!」
その声も、もはや男のものではない。まるで地獄の中から響くような、聴いているだけで底冷えのする恐ろしい声だ。
見ると男の顔も、既に人間から逸脱していた。目は白く濁りきって瞳も埋まり、口元から鋭く伸びる二本の牙を生やし、額からは天を衝くような一本の角が突き出ている。巨大化した体格といい、男の面影らしきものはもうどこにも無かった。
「はっ、はっ……! ば、化け物……っ!?」
マーガレットは息苦しさを覚えている。さっきから上手く呼吸ができず、息を吸うばかりで吐き出すことができていない。胸が痛く、グワングワンと頭が揺れて思考が定まらないのに、目だけは射竦められたように男だったモノへ釘付けになっている。
「そう、あれは化け物よ。この街に魂まで浸かって、最終的に人の皮を捨て去った哀れな落伍者。今となってはもう、欲望の権化でしかないわ」
驚いたことに、異形へと変身した男を見てもなお大鎌の少女は落ち着き払ったままだった。静かに腰を落とし、両手で大鎌を振りかぶるように構える。
その有り様は、まさに歴戦の戦士といった具合だった。
「こうなったら仕方無いわね。気乗りはしないけど、ここで狩らせてもらうわよ」
「ガキが、いきがるんじゃねえ!」
人間ではない声でがなりたて、化け物が地を蹴って一気に少女へと肉薄する。その瞬間、奴が立っていたコンクリート地面が割れ砕けるのが見えた。それだけでも、あの怪物のパワーがどれだけ凄まじいか一目瞭然だ。
「に、逃げてっ……!」
マーガレットは声を震わせながらも、反射的にそう叫んだ。
あんな化け物に敵うわけがない。まともにぶつかれば、この目の前の少女は為すすべなく殺されてしまう。それは、ダメだ。
だが薄紫の髪をたなびかせた少女は、そんなマーガレットの想いとは裏腹に――
「はあっ!」
逃げるどころか、化け物に向かって大きく踏み出したのだった。