大鎌の少女、アルテナ②
「……っ!」
マーガレットは手探りで何か武器になるものが落ちてないかと辺りを探したが、綺麗に整えられた道路には手頃な石ころひとつ見当たらない。
こうなったら、とマーガレットは破れかぶれに決断した。爪で引っ掻いてでも歯で噛み付いてでも抵抗してやる。女の力じゃ男に敵わないなんて百も承知だ。それでも、やれるだけやってやる!
「……良い目だな、お嬢ちゃん。強い意志を持った目だ。俺も最初はそうだった」
男の眼差しに、欲望とは違う淋しさのような感情が一瞬だけよぎったように見えた。だが、それは本当に一瞬だけだ。
「だがもう意地を張らなくて良いぜ。これであんたもきっと、楽になれる。自分の欲望に、正直に身を任せちまった方がな!」
男の手が動く。身体全体が前かがみになり、道路に尻もちをつくマーガレット目掛けて覆い被さろうとしている。
マーガレットは強く歯を食いしばり、体勢を支える両手を前に突き出そうと身構えた。
その時だ。一陣の風が両者の間を横切り、閃光がマーガレットの網膜を掠める。
「うおっ!?」
今にもマーガレットと接触しようとしていた男の身体が急速に離れ、代わりに焦った声が飛んでくる。
男は二、三度たたらを踏み、その場から数歩下がる。
「テメェ……! 良いところで邪魔しやがって!」
忌々しげに吐き捨てるその言葉は、マーガレットに向けたものではない。
マーガレットもまた、驚きに包まれていた。
いつの間にか、自分の前にひとりの少女が立っていたのだから。
ピッタリと体格にフィットした紺色のブレザーと淡緑のシフォンスカート。そして頭部を飾る薄紫色のセミロングヘアー。それだけを見れば、どこぞの中流階級の娘かと思っただろう。
だが少女の両手には分厚い革のグローブが嵌められ、剥き出しになった両脚にも鉄製のすね当てと思しきプロテクターが装着されている。
極めつけは、両手に構える大きな鎌の存在だ。
ともすれば由緒ある国立学校に通う女学生ともとれる少女だったが、一見してそれと分かる戦具のせいで異様な出で立ちとなっている。それが今、マーガレットと男を隔てるように両者の間に立っているのだ。
「あ、あの、あなたは……?」
背後から尋ねるマーガレットの声に、少女はちらりと顔だけで振り向く。その横顔は思わず見とれてしまうほどに整っていた。少女の大きな目が、マーガレットを無感情に見つめている。
「そこから動かないで。すぐに片付けるから」
そう言った少女の声は鈴の音のように玲瓏としていて、容貌と良く合っていた。
「へへっ、良くみりゃテメェも良い女じゃねぇか。こりゃツイてるぜ」
突然の闖入者に気分を害していた男だが、新たに現れた少女の容姿を見てすぐにいやらしい目付きに戻る。だが流石に少女の装いに警戒心を掻き立てられるのか、無造作に近寄って来たりはせず間合いを取って様子を伺っていた。
「そんな馬鹿デケェ鎌なんて持ってるところは気に入らねえがな。まさかと思うが、それで俺と戦うつもりか?」
「分かっているなら話が早いわ。このまま引き下がるなら、わたしも追わない。あなたみたいな小物を狩っても意味が無いもの。怪我する前に消えなさい」
色情魔を前にしても一切臆することなく、凛然と啖呵を切る大鎌の少女。そんな態度が面白くないのだろう、男は顔をしかめて荒い息を吐いた。
「何様のつもりか知らねえが、あまり俺を舐めるなよ。こちとらこの街で三年は過ごしてんだ、それなりに身体は“対応”してんだぜ」
「どれだけ時間を掛けようと、所詮は街に取り込まれた愚かな落伍者よ。笑わせないで」
フン、と大鎌の少女は男の言葉を意に介さず鼻で笑う。
男の顔付きが、はっきりと変わった。