未来へ②
「先輩、あなたこそご無事で何よりです。グレムリン達を引き付けてくださって、ありがとうございました」
「いーってことよ。お陰で無事に任務も果たせたみたいだしな。俺の作戦勝ちってところだな」
そう言って、先輩と呼ばれた黒髪の青年は豪快に笑う。どうやら彼が、アルテナの言っていた相棒のようだ。
「あ、あの、はじめまして……」
これまでの人生であまり接したことのないタイプの異性に、マーガレットは固くなりながらもおずおずと挨拶する。アルテナの先輩は鷹揚に手を振って応えた。
「おう、アルテナから聴いてるぜ。あんたがマーガレットだな。まあ色々と大変だったろうが、こうしてお前さんも助かったんだ。せっかく拾った命、せいぜい無駄にすんなよ」
「は、はい」
言うだけ言って、先輩はアルテナに向き直って手早く傷の具合を確かめている。もうマーガレットには目を合わせようともしない。
名前を訊きそびれてしまったが、改めて尋ねられる雰囲気でもなかった。代わりに、アルテナが再度マーガレットを促す。
「さあ行って、こっちのことは大丈夫だから。一般人のあなたを無事に帰すまでが【イービル・イレイス】の仕事なの。だから、ね?」
「アルテナ……!」
喉の奥から感情が込み上げる。マーガレットは口から漏れそうになったそれを歯を食いしばって押し留め、胸の底へと飲み込んだ。
ここで、お別れ。それはもう、どうしようもない。自分とアルテナは、住む場所も背負った使命も違うのだから。
マーガレットは震える手で、預かっていた銀のロザリオを差し出した。
「これ、返すわ。本当に、ありがとう」
だがアルテナはそっと手のひらをこちらに向け、ロザリオを押し戻した。
「上げるわ、マーガレットに。大事にしてね」
意外すぎる言葉に、マーガレットは目を見開く。
「……良いの?」
「お守りと、記念よ。ろくでもない街で出会い、そしてお友達になれたことの、ね」
強張っていた心が、ゆっくりと解きほぐされてゆく。
アルテナとの繋がりを示すロザリオが、マーガレットの手の上で輝いている。
もう、寂しくない。たとえ歩む人生が違っても、お互いの間には確かな絆がある。
その事実が、マーガレットの心に限りない勇気を与えてくれる。
「さようなら、アルテナ。貴女と出会えたこと、絶対に忘れない」
「さようなら、マーガレット。わたしも決して、あなたを忘れることはないわ」
見つめ合うマーガレットとアルテナの間に、光の川から溢れた粒子が粉雪のように舞い、二人を煌めきで包んだ。
マーガレットは一度目を閉じ、そのまま彼方の光点に向かって足を踏み出す。
開いた目に、しっかりと未来を見据えて。
「あ、そうだ。最後にひとつだけ、お願いしても良いかな?」
光の出口が大きくなってきた時、マーガレットはふと振り返ってアルテナに声を飛ばす。
既に彼女と先輩の姿は小さくなりつつあったが、まだ声は届いた。アルテナの琥珀色の瞳も、鮮やかな薄紫色の髪も、周囲の光に映えてよく見える。
「なに、マーガレット?」
アルテナが訊き返す。マーガレットは大きく息を吸って、友達に言った。
「〝メグ〟って呼んで!」
意表を衝かれたようにアルテナがきょとんとする。それからふっと笑って、大きく頷いた。
「頑張れ、メグ!」
たったの一言。だがそれだけで十分だった。
マーガレットは晴れやかな気持ちで、再び光へ向けて歩みはじめた。
友達の声援を背に、未来を掴み取る為の戦いへ。
そしていつかきっと、彼女とまた出会うのだ。
その日は必ず訪れる。その時までに今よりも誇れる自分になろう。
確信と決意を胸に、マーガレットは光の出口を潜っていった。