未来へ①
「此処、は……?」
気がついた時、マーガレットは自分が何処に居るのかさっぱり分からなかった。リヴァーデンに向かう汽車に乗せられていた時から度々こんなことがあったが、今回ばかりは今までと違っておどろおどろしい感じはしない。
一目で、澄んだ場所だとだと分かったからだ。
吹き抜ける空のような淡青の空間に、いくつもの白い光の筋が流れて道を作っている。透き通った世界では地面も見えないが、足の裏にはしっかりと固い感触があり変な浮遊感もない。光の道によって照らしだされた箇所はぼやけ、ゆらゆらと蜃気楼のように大気が揺れている。朝日を浴びてキラキラと輝く川の水面みたいだ、とマーガレットは思った。
「おそらく、時空の狭間ね。【堕天使】が消えたから、彼の力で成り立っていたリヴァーデンも消滅したのよ」
魚になったような気分で辺りを見渡していると、背中の方から自分の呟きに答える声がした。
「アルテナ! 無事だったのね!」
「どうにかね。上手くいくかどうか賭けだったけど、狙い通りに進んで良かったわ」
血を流している方の腕を抑えながら、アルテナはやれやれといった感じに肩をすくめた。思ったよりも深く抉ったのか、そこからはまだ止めどなく赤黒い血が溢れて続けている。
「早く手当てしなきゃ! とりあえず、何か傷口を縛るものを……!」
「マーガレット」
介抱しようと駆け寄るマーガレットを、アルテナは静かに制した。
「光の川が流れている方向を見て。あれを遡って行けば、元いた場所に帰ることが出来るはずよ」
アルテナの言う通り、幾筋もの光の流れを辿っていくと彼方に小さな白い点のようなものが見える。恐らくはそこがこの空間の出口なのだろう。
しかし今はそれどころではない。
「話は後にしましょう。そんなことより、今はアルテナの怪我をどうにかしなきゃ……!」
「わたしのことなら心配しないで。ちゃんとこっちで処置しておくから」
顔色は悪いが、アルテナの表情に曇りはない。ただ優しく穏やかに微笑んで、マーガレットを見つめている。
「あなたは、あなたのことだけを考えるべきよ。あの悪魔から解放されても、あなたの人生から解放されたわけじゃない」
それは、マーガレットの急所を衝く言葉だった。アルテナは試すようにこちらから視線を逸らさない。だがもう、それは自分を動揺させるには至らなかった。
覚悟なら、とっくに出来ている。
「見くびらないで。私はもう、黙って両親の言いなりにはならない。かといって、あの人達の心を無碍に踏みにじるつもりもない。帰ったら二人とじっくり話し合うわ。私の意志を伝えて、妥協点を探って、出来うる限り望み通りの結果を手に入れて見せる」
力強いマーガレットの宣言に、アルテナの笑みが深くなる。
ぐっと胸が締め付けられるが、マーガレットが口を開く前に明後日の方向から野太い声が飛んできた。
「おーい、無事だったか! 突然リヴァーデンが幻みてーに掻き消えちまったもんでびっくりしたぜ!」
駆け寄って来たのはひとりの男だった。拳銃を手でくるくると回しながら、安堵した笑みを浮かべている。びっくりしたという言葉とは裏腹に、その佇まいからは余裕を感じさせた。