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大鎌の少女、アルテナ①

 マーガレットは死物狂いで走り続けた。

 後ろからは、下卑た男の笑い声とコンクリートタイルを強く踏みつける音が同時に追ってくる。


「ちゃんと逃げろよ! 捕まって組み敷かれたくなけりゃあな!」


 女の身体という意味でしかマーガレットを見ていないケダモノの、欲望が剥き出しになったセリフを必死に首を振って振り払う。

 赤黒い空が覆った見知らぬ不気味な街並みを、右も左も分からない中で懸命に逃げ続ける。

 途中ですれ違う人は誰も居ない。左右に立ち並ぶ建物群はいずれも立派な造りだが、裏返していえばひたすら無機質で人の気配も温かみも無い。

 この不気味な街に、まるで自分とあの男しか居ないみたいではないか。


「ハァ、ハァ……! どうにか、あいつを撒かないと……!」


 こういう時、普通なら辺り構わず大声で助けを求めるものだろう。しかしマーガレットはそうしなかった。この街のヤバさは、既に充分肌で感じている。誰彼構わず助けを求めるのは愚の骨頂でしかないし、そもそも声が届く範囲に人が居るかも分からない。

 

 自分の脚だけが頼りだ。何としてもこの危機を乗り切る。あんな男に蹂躙じゅうりんされてたまるものか。

 マーガレットは強く自分の意志を保ち、ひたすら距離を稼ごうと努めた。スカートの裾を持ち上げ、コンクリート地面の隙間に踵や爪先を取られないよう願いながら必死で足を前に出す。

 やがて居並ぶ建物が途切れ、交差点らしき開けた場所に出る。マーガレットが走ってきた道を含め、三本に枝分かれしている三叉路だ。

 マーガレットはほとんど迷うことなく右側の道へ身を投じた。これで男の視界から一時外れた。僅かとはいえ、時間の猶予が生まれたのだ。あとは再び男の視界に入る前に何処かの建物に身を投じる。うまくすれば、それで男を撒ける筈だ。


「分かれ道で見失わせて、その間に適当な建物に隠れようってか!? たいした浅知恵だな!」


 嘲る声が予想よりもずっと近い位置から聞こえたので、ぎょっとして思わず背後を振り返る。

 汚れたフロックコートとカンカン帽の男は、マーガレットのすぐ後まで迫っていた。彼我の距離が近すぎて、相手の視野から逃れることができない。


「男の体力に勝てるもんかよ! しかも、そんなお上品なドレスでよぉ! 随分と走りにくそうじゃねぇか!」


 マーガレットは歯ぎしりした。男の言う通り、この恰好は随分と動きを制限される。胴を締め付けるコルセットが下着の上から肌に食い込んで痛いし、スカートもクリノリンこそ入れていないものの(執事やメイドはいつも着けるようくどくどと言ってくるが、強く拒絶した)、くるぶしまで覆うほど長い丈が脚にまとわりついて邪魔だ。

 これでは思うように身体が動いてくれない。相手はひどく薄汚れて貧相な見た目をしているとはいえ、男だ。服装のハンデを加味しても尚、運動能力に埋められない差があるのだろう。


「きゃっ!?」


 男の言葉に気を取られたのが災いしたのか、マーガレットはとうとうコンクリート地面の窪みに足を取られてしまう。走っていた勢いを殺せず盛大に前にすっ転ぶ貴族令嬢の背中に、男の下卑た嘲笑が降り注ぐ。


「ここまでだな、お嬢ちゃん。さあ、こっちに身体を向けて大人しくしてなぁ。無駄な抵抗はやめとけよ」


「や、やめて……! 来ないでっ!」


「おうおう、お決まりのセリフだなぁ。まぁ、そうやって嫌がられた方がかえって燃え上がるってもんよ」


 尻を後退りさせながら必死に逃れようとするマーガレットの切羽詰まった様相に、男が舌なめずりする。欲望の炎をその目に滾らせながら、獲物を追い詰めた余裕からか焦らすように緩慢な歩みでマーガレットににじり寄っていく。

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