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心の闇との対峙②

 ――恥ずかしい。逃げ出したい。いや、いっそこのまま消えてしまいたい。


 マーガレットの心は悲鳴を上げている。だがその一方で、不思議な感情が少しずつ湧き上がってきた。

 最初はそれがなんなのか分からなかった。しかし、自分自身が抱えていた薄汚い本音の数々を受け止めている内に、辛くはあっても決して折れない芯のようなものがあることに気付いた。逃げたい、消えたいという弱い想いの傍に、ぴったりとそれは寄り添って背中を支え続けている。

 本当に逃げてしまわないように。マーガレットが消えてしまわないように。しっかりと正面を向いて、立ち向かえるように。


「……?」


 無意識に、自分が何か握りしめていることに気付いた。

 手を開くと、そこに収まっていたのはあのロザリオだった。


「アルテナ……」


 これを託してくれた相手の顔が頭に浮かぶ。当の本人の姿は、見えない。今のマーガレットは、自身の影が放つ黒い想念に囚われて他の一切合切から遮断されている。

 その筈なのに、ロザリオから流れ込んでくるのは自分にはない温もりだった。

 まるで、これを通して彼女がエールを送ってくれているかのようだ。


「……そうだよね。私は、もうひとりじゃない」


 ロザリオを握りしめる。アルテナにも、自分の事情を全て話しているわけではない。自分の醜さ、汚さを彼女に打ち明けたわけでもない。

 それでも、アルテナのことを思うだけで身体の震えが緩和される。心の底から力が、勇気が湧いてくる。

 知り合ってからまだ一日と経ってはいないのに、まるで十年来の親友であるかのように確信を持つことが出来た。

 だからこそ、自分はここで立ち止まるわけにはいかない。


「あなたの言う通りよ。私は、ずっと大事なことから目を逸らしていた。良い子ちゃんぶって、でもそうなりきれなくて、中途半端に願望を叶えようとしたから、とうとうこんなことになった。本当に愚かで、どうしようもない世間知らずの小娘よ」


『やっと自覚できたようね。だったら――』


「でもね」


 影の言葉を遮り、マーガレットは肚に力を込める。


「まだ終わりじゃないわ! たとえ崖っぷちでも、私はまだ落ちてはいない! たとえレールの上から完全に外れてしまったとしても、生きている限り諦めたりしちゃ駄目なのよ!」


『――っ!?』


 影の表情が歪んだ。それは、自分の心の闇が初めて見せた、感情の揺らぎ。

 マーガレットは、自分の影に向かって手を伸ばした。


「もう、都合の悪いことから目を逸らしたりしない! どれだけ恥ずかしくても、逃げ出したくても、自分の心の闇に打ち負けるなんてことにはならない! 決して立ち止まらずに突き進んでやる! 私の人生は、私のものなんだから!」


 まっすぐ影を見据えながら、マーガレットはそれに触れた。手の平に力を込め、こちらに強く引き寄せる。


「私がどれだけ格好悪いかは十分に分かったから、さっさと戻ってきて一緒に立ち向かいなさい! この出来損ないの半身!」


『う、わああああ――っ!』


 マーガレットと影がひとつに重なる。瞬間、光が爆ぜて世界が押し流される。

 マーガレットの心に、影が抱えていた想いが奔流のごとく流れ込んできた。それでも、それに圧倒されることはもうない。

 全てが最初からそうだったように、自分の昏い感情が当然のように理解できた。頭で受け入れ、心で解きほぐし、全身にそれを浸透させて消化してゆく。


「大丈夫よ、これこそが本当の始まり。マーガレット・ウォレスの人生は、ここから花開くのよ」


 赤子をあやすかのように、自分自身に語りかける。ざわついていた心の闇が、少しずつ少しずつ静まってゆく。

 光が完全に収まった時、マーガレットは寸前までの灰色の世界に戻ってきていた。

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