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心の闇との対峙①

 具現化したマーガレットの影から流れ込んでくる想念。それはとても暗く、黒く淀んで濁った想いの数々だった。


『なぜ、私の人生はこうも縛られなければいけないんだろう?』


 最初に心に染み込んできたその一言に、マーガレットは背筋が凍りつくような感じを覚えた。

 陰気で抑揚の欠片もないが、それは間違いなく自分の声だ。

 【堕天使】は、あの影をマーガレット自身の心を写し込んだものだと言っていた。それならば、これは……自分自身の心の声なのか?


『貴族の家とは言っても、もう家柄を盾に威張り散らす時代じゃないのに。父が時代の変化に対応してやり方を変えたように、子供の私にだってもっと自由に生きる権利がある筈だ。政略結婚なんて、つまらない家の事情に私の人生を巻き込まないでほしい』


『母も母だ。〝あなたの為〟とかいうお為ごかしを重ねて、私の意思を良いように操ろうとしている。結局は家の評判を気にしているだけなのに』


『結婚相手にしたって、せめてもうちょっとマシな人を選んでほしかった。あんな食事にしか興味がないような醜い男なんて、死んでも嫌。有力商会の跡取りがあれだなんて、聞いて呆れる。父は相手の将来性も見抜くことが出来ないのか?』


 眼前に立つマーガレットの影には、表情らしい表情がない。とても虚ろで、目の色も死んでいる。それなのになぜだろう、あの影から放たれる言葉は一語一語がまるで針のように鋭く尖っており、マーガレットの精神を的確に抉っていく。


「やめて……! 何を言っているの!? 私は、そんなことは思っていない!」


『嘘だ』


 それまで一方的に想念を送ってくるだけだった影が、初めてマーガレットに反応した。虚ろな目に、しかし確かな怒気を湛えて正面からマーガレットを見据えてくる。


『思っていないなら、どうして私はこんな目に遭っているの? たまたま部屋で見つけた胡散臭い悪魔学の本なんかに頼って、バカバカしいと思いながらも時間をかけて儀式の準備を進めたのはなぜ?』


「そ、それは……!」


 影の言葉は、マーガレットの反論を的確に封じてきた。実際その通りなのだ。虚構に過ぎないと思っていた悪魔の存在に、縋ろうとしたのは紛れもない事実である。その結果、こうして自分はリヴァーデンに呼び込まれる羽目になった。


『悪魔に願ってでも、現状を打開したかったんでしょう? もっと自由に生きたい、でもウォレス家という恵まれた環境も維持したい――。おとぎ話に縋ってでも、そんな虫の良い願望を叶えたかった』


 影は、マーガレットがこれまで目を逸らしていたこと、あえて意識してこなかった心の裏を容赦なく暴いてきた。

 そうだ、本当は分かっていたのだ。分かっていて、自分の本心に気づいていないように装った。それは身勝手で、とても醜い奥底の本音だったから――。そんな想いが自分の中にあるなんて、絶対に認めたくなかった。

 だがもう、見てみぬ振りは許されない。耳を塞ぎ、うずくまってやり過ごすことも出来ない。

 自分の汚い部分を、今こうして自分にぶつけてきているのは、他ならぬ自分の影なのだから。


『全部、私が招いたことだったのよ。貴族の義務だと割り切っていたつもりでいても、結局わがままを断ち切れていなかった。そのくせ、豊かな暮らしを捨てて身ひとつで生きていく覚悟もない。どっちつかずで、曖昧で、それでいて自意識だけが肥大化した、憐れでさもしいお嬢様。それが私じゃない。だから悪魔なんかに頼った。そうしたらどうなった? 願い事を曲解されて、そこに付け込まれて、こうして全部を失う瀬戸際に立たされているじゃない。本当に、バカみたい』


 影から垂れ流される呪詛は止まない。その口から飛び出してくる言葉は、全てマーガレット自身の黒い想念である。

 キリキリ、と胸が痛む。見えない刃で斬り刻まれているかのように、影の呪詛はマーガレットの心を苛んでゆく。自分自身の醜さ、浅ましさをこれほどまでに痛感させられるとは思いもしなかった。

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