二人の影②
驚くマーガレットの動きに合わせて、闇が固まって生じた影がおぼろに蠢く。反対に、アルテナは静かにその様を凝視していた。
「……なるほど、そういうことね。〝影の街〟で起きたことを、この場で再現しようってことかしら?」
『さすがに察しが良いな、小娘。だがあれとは少し趣を異にするぞ。影とはその者が持つ写し鏡、いわばその者が持つ昏い側面よ。お前達には、それと直に向き合ってもらおう』
【堕天使】の言葉が終わると共に、二つの影が俄に膨れ上がった。
平面の人形が、たちまち立体化して精巧な像を造り出してゆく。二人の足からも離れ、完全に独立した形となって。
「わ、私達の影が……!?」
マーガレットは己が目にしているものが信じられなかった。いや、現実離れした光景というなら、このリヴァーデンに来てからさんざん目にしてきた。
だが今、自分達が直面しているそれは……これまでのどんな出来事よりたちが悪く、信じがたいものであったのだ。
『どうかな? 自分自身を目撃する気分というのは?』
煽り立てるような【堕天使】の問い掛けが耳元を素通りしていく。
本当に、悪い夢なら醒めてほしい。
目の前に立っているのは、いつも鏡で見る馴染み深い姿。
二つの影は、もうひとりのマーガレット、もうひとりのアルテナとなってその場に完成していた。何処からどう見ても、その造形は自分達とそっくり同じだ。体色が黒なのを除けば。
「父さんから過去の話を聴いた時も思ったけど、つくづく悪趣味ね。自分達の心の闇に、こんな形で無理やり向き合わせるなんて」
「心の、闇……?」
マーガレットは付いていくだけで精一杯だ。そんな自分を叱咤するように、アルテナは強い口調で言った。
「マーガレット、目の前のあいつらは文字通り自分の影よ! あいつらが見せる昏い側面に呑まれないで! 自分を見失わず、勇気を振り絞って向き合うのよ!」
さっきまでとは逆の役回りである。だがアルテナの言葉が、圧倒されかけたマーガレットの心に火を付ける。
「……うん! アルテナも気を付けて!」
二人の奮起を嘲笑うかのように、竜の鼻息のような排気音が灰色の世界を震わせる。黒竜と化した【堕天使】が、何処かで本当に鼻を鳴らしたのかも知れない。
『さあ、見せてもらおうではないか。お前達が、自分の影に喰われることなく切り抜けられるかどうかを』
【堕天使】の言葉を皮切りに、二つの影が動きを見せる。
最初に飛び出したのは、やはりアルテナの影だった。目にも止まらぬ速さで大鎌を抜き、地面を蹴ってこちらに肉薄する。
だがアルテナも、それを予期していたかのように大きく足を踏み出していた。
紅い月を背に、二人のアルテナが正面から激突する。大鎌の刃同士がこすれ合い、鎬を削って荒々しい音を奏でた。
「アルテナ……っ!」
「こっちは任せて!」
短い返答と、それを斬り裂くように続く剣戟音。灰色の世界で、二人のアルテナが何度も何度も立ち位置を入れ替えそれぞれの得物が交差する。アルテナと影の技量は完全に拮抗しており、容易に決着は付きそうにない。
かといってマーガレットに助勢できるものでもなかった。アルテナから手出し無用を言い渡されたこともあるが、それよりも切実な問題は――
「あなた……本当に、私自身だというの……?」
眼前に立つ、黒い自分にそう問いかけるマーガレット。答えはない。言葉の代わりに、影の手がすっと持ち上がる。マーガレット自身のものと寸分違わない形をした指が、誘うようにその関節を伸ばす。
「――っ!?」
次の瞬間、マーガレットの頭に様々な想念が渦巻いた。




