魔の陸蒸気③
三度、天空へと還った陸蒸気はそのまま飛行運転を続けている。予想通りアルテナを見失ってくれたのだろうが、見つかるのは時間の問題だ。
グレムリンの操る車輌が、最後にアルテナが消えた小道の上空をぐるぐると旋回し始めた。上から見下ろせば、いくら暗がりが味方してくれていても長くは隠れていられないだろう。
アルテナは冷静に物陰から周囲の様子を観察した。この小道は狭く、両側に建物の壁がある。そして道路に面した出口の上部に、ちらりとベランダらしき手すりの端が見える。
「……よし!」
作戦は決まった。大丈夫、上手くやれる。
アルテナは陸蒸気の向きに気をつけながら、さっき小道に駆け込む際に拾っておいた道路の破片を放った。
カツーン、と乾いた音が鳴る。
陸蒸気は鋭く反応した。自分の出す汽笛やら車輪の回転やらでやかましいだろうに、即座に破片が落ちた方へと向き直って急降下を始めた。
それを確認して、アルテナは急いで物陰から出て助走をつけながら壁へと走った。狭い場所だけに十分に勢いを付けられたとは言い難いが、それでも地を蹴って壁に足を着いた時、確かな手応えを感じた。
タン、タン、タン――! 小気味いいリズムを刻みながら、アルテナは小道の狭さを利用して壁から壁へと飛び移る。そして先ほど見たベランダの手すりへと辿り着き、そこの足場へと着地する。
ほとんど同時に、陸蒸気が眼下の地面を滑空してゆく。狙い通りだった。
「やああっ!」
気合いを発し、アルテナはベランダから身を躍らせて車輌の上へと飛び乗った。ガタン、と強い衝撃と振動が襲ってきたが、肚に力を込めて振り落とされるのを防ぐ。
二、三度身体を揺らしながら、アルテナはどうにかバランスをとって立ち上がった。一輌、二輌と飛び移り、黙々と煙を吐き出している先頭の陸蒸気を目指す。
「うっ! こ、この……っ!」
陸蒸気が地を離れ、空へと飛び立つ。急上昇する車体の傾斜に対応するべく、アルテナは身体を伏せて車輌の端を掴んだ。
しばらくそうやって耐える。やがて十分に高度稼いだのか、車体は再び水平に戻り立ち上がることが出来るようになった。
「これで、途中下車は出来ないわね」
ちらりと下を覗いて自分がどれ程の高度まで連れてこられたのかを確かめつつ、アルテナは再び一歩一歩前へと進んでいく。
幸いなことにグレムリン達に気付かれている気配はなかった。妨害を受けることなく先頭車輌まで辿り着いたアルテナは、身を隠しながらそっと様子を伺う。
陸蒸気の中では、ボイラーの火力調整を担当している数体のグレムリンの他にもう一匹、レバーを手にして走力を出しているグレムリンが居た。
思ったほどの数ではない。奇襲を掛ければ、難なく全滅させて制御を奪えるだろう。
伏兵が居ないかもう一度念入りに確認してから、アルテナは大鎌に手を伸ばそうとした。
と、そこでふと、右手側の空に例の時計塔が映る。
「……そうだ!」
アルテナの頭に、稲妻のようなひらめきが奔った。