魔の陸蒸気①
アルテナは自分が身を隠す建物の奥側を見た。残念ながらこちらは袋小路となっており、敵の裏に回ることは出来そうもない。
それなら、ジークの方はどうか。目を凝らしてみると、そちらは奥行きがあり迂回できそうだ。
「……」
ジークに目で合図すると、こちらの意図を察してくれたのか彼は軽く頷いた。
バラバラバラバラ、という敵の弾幕にアルテナは耳を澄ませる。
そしてそれらが途切れた瞬間、建物の陰から飛び出した。同時にジークも躍り出て、グレムリン達目掛けて拳銃を連射する。
道路に出たアルテナに、弾薬の残っていた敵の銃が火を吹く。しかし、音からしてその数は少ない。精々が一挺か二挺だ。他はリロード中で攻撃できない。
ジークの援護も手伝って、アルテナは無事に道路を横断して彼の居る物陰へ到達できた。軽くタッチを交わし、そのまま彼と分かれて路地裏へと舵を切る。
思った通り、こちら側は表の道路に沿って奥へと道が続いている。これなら待ち伏せしているグレムリン達の裏へ回れそうだ。
他に伏兵が潜んでいないか警戒しながら、アルテナは路地裏を駆け抜ける。幸いなことに、まったく妨害されることなく敵の待ち伏せ地点を抜けることが出来た。
「先輩……!」
アルテナの心に僅かな迷いが生じる。このまま引き返してグレムリンの排除に手を貸すべきか。今ならば、奴らに気付かれずに忍び寄って一匹ずつ大鎌で仕留めることが出来るだろう。
しかし、すぐに頭を振ってその考えを追い出した。
「今はマーガレットが先よ、わたし!」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、アルテナは時計塔へ向けて走り出した。
背後からは、グレムリン達とジークの射撃の応酬がいつまでも追いかけてきていた。
入り組んだ街中を目的地へ向かって進むのは、目視で確認できる距離より遥かに長い道程となり得ることがある。
ましてや敵の待ち伏せを警戒し、不意打ちに備えながらの進行となると、途中であっちこっちに道を曲がったり一旦立ち止まって前方の様子を伺ったりなどして余計に時間が取られてしまう。
アルテナはもどかしさに耐えながら、それでも着実に時計塔との距離を縮めていく。
既にそれは建物三、四軒先というところまで見えていた。此処までまったく新手と遭遇することなく来られたことは僥倖と言って良い。
「もう少し……! マーガレット、どうか無事でいて……!」
時間が経過するごとに彼女の安全が脅かされる。実際に彼女の姿を発見するまで、アルテナに出来るのはその無事を祈ることのみだ。
あの時計塔にマーガレットはきっと居る。ロザリオの発する青い光は、今も変わらずそこを指し示している。この光が消えない限り、彼女の生命も消えない。
今一度、アルテナはそう強く信じて時計塔へ踏み出そうとした。
だがそこで不意に、奇妙な音を鼓膜が拾う。