神力のロザリオ①
(死ぬ――)
赤い光の奔流に晒された時、マーガレットはほとんど生存を諦めかけていた。
反射的に身を守るよう目の前に突き出した手が、今はとにかく虚しい。
ほら、指の隙間から青い光が滲み出しているじゃ……
「……えっ!?」
そうしてようやく現実を把握する。マーガレットは、死んでなどいない。
突き出した手の中に、無意識に自分が握りしめていた物。マーガレットを守るように展開する、青いオーラ。
指の隙間からヒラヒラと激しくのたくっているのは、サファイアを加工したチェーンの紐だった。
「アルテナ……!」
彼女のロザリオが、【堕天使】の放つ赤い光弾を捌き、マーガレットを護っていたのだった。
「案外やるじゃねえか。なんかおかしな気配がすると思っていたが、そいつが原因だったようだな」
赤い光の向こうで、【堕天使】の哄笑が響いた。
「だがいつまで保つかな? いくら神の祝福が宿っていようと、人間の操る聖具ごときじゃ俺は止められねえぜ!」
「きゃっ!?」
赤い光の勢いが更に強く、激しくなる。ロザリオが展開する青いオーラごと、マーガレットを押し流そうとしている。あまりの圧力に足がすくみかけるが、マーガレットは歯を食いしばって耐え続けた。
アルテナから託されたロザリオを見る。その銀の輝きは、まだ少しも色褪せていない。迫りくる赤いオーラと、自身が発する青いオーラに挟まれて、むしろより一層の質感を伴って煌めいている。
なぜ、このロザリオがこんな力を発揮できているのかは分からない。アルテナの話では、これの効果は自身の姿を晦ます程度のものだった筈だ。【堕天使】を前にしてその力が通用しなくなったのは理解できる。だがその【堕天使】に、今こうやって対抗できているのは一体どんな原理によるものなのか。
だが、細かい理屈はどうでも良い。重要なのは、アルテナから預かったこのロザリオが、今も変わらずマーガレットを護ってくれていること。彼女と交わした約束が、まだ生きていることの証だ。
「アルテナが私を護ってくれている限り、私も諦めない! こんなところで、死ねないのよっ!」
自分を鼓舞するように放った一言に応えるかのように、ロザリオから放たれる青いオーラが勢いを増した。怒涛の如く押し寄せる赤い光の大波を押し留め、逆に押し返すほどに力を盛り返している。
赤い光の向こうでぼやける【堕天使】の表情が、僅かに驚愕に染まっているように見えた。
「アルテナと約束したもの! 彼女は必ず、私を助けに来る! 敵の親玉が一緒に居るなら、尚の事ね!」
ロザリオを繋ぐサファイアのチェーンからいくつもの小さな青い光の玉が生まれ、長い尾を引きながら八方へ飛散する。
それらは赤い光の軌道を大きく回り込みながら、一点へ向けてまたたく間に収束していった。
その一点とは言うまでもない。
「ちっ!」
【堕天使】は己に殺到する青い光の散弾を躱すべく、攻撃を中断してその場から飛び退る。
だが若干遅かったのか、小さな青い光球のいくつかは彼を捉え、肌に着弾した。
「うおっ!?」
着弾箇所から無数の火花が散り、【堕天使】の身体から煙が立ち上る。ダメージを最小限に抑えるべくバタバタと全身を叩く姿を見て、マーガレットの口元に思わず不敵な笑みが浮かんだ。