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マーガレットの契約②

「私の望みはまだ叶ってない! 対価を取り立てるには、まだ早い筈よ!」


 どうにかして、この男との契約を破棄する。悪魔は曲解をもって自分の望み通りに事を運ぼうとするが、契約それ自体には忠実だ。そこを蔑ろにしてしまっては、自分達の在り様を否定することに繋がる。

 だからそこを衝く。詭弁には詭弁を、頓知でも奸智でも駆使して、この場を乗り切るのだ。


「おいおい、お前はこの街で散々自由に過ごしただろう? あの大鎌女と一緒に、俺の縄張りを荒らしてくれたじゃないか。お前の望みは、これで叶えたと思うが?」


 悪魔――【堕天使】はこれみよがしにため息を吐き、勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 だがその言い草は、マーガレットも予想していたことだ。


「私は〝色々なしがらみから解放されて〟と条件を付けた筈よ! 貴族であることを忘れて、ただの娘として生きられるようにね! 私は、この街にやって来てから一度も自分がマーガレット・ウォレスであることを忘れたことはないわ! 誇り高いウォレス家の娘としてどう振る舞うのが正しいか、アルテナに付いて行くのが必死な中でもいつも頭の片隅でそんなことを考えていたのよ! こんなので、契約を果たしたと言える!?」


「あー、なるほど。そうきたか」


 【堕天使】は矛盾を衝かれてうろたえるどころか、ますます愉しげに顔を歪めて喉で笑った。


「確かに、俺が魂を頂くのはいつも連中がサーヴスに成り下がってからだったな。たまにいつまでも自我を保っている変異体も居たが、そういう奴らは面白いから大抵泳がせてた。お前もそういう風になれば、もしかすると契約の隙間を通り抜けることが出来るかもなあ」


 変異体と聴いて、マーガレットはこの街で最初に出会ったあの薄汚れた男と、教会に居た牧師を思い出した。彼らはいずれも自我を保ち、他のサーヴス達とは違う驚異的な肉体の変化を果たして人外の力を会得していた。


 【堕天使】にとっては、そんな彼らも少し遊び甲斐のある玩具でしかなかったということか。つくづくあの老牧師も浮かばれない。


「しかし、それまで俺が待ってやる義理はない。どんな形であれ、契約者の願いを叶えれば良いんだからな」


 【堕天使】の笑顔が更に邪悪に、更に愉快げに深みを増す。凄まじい悪意の込もったその視線に、マーガレットは背筋が震えた。


「な、なにをしようと言うの……!?」


「簡単なことさ。望み通り、お前をしがらみから解放してやるよ。もう何も考えなくて済むようにしてやるぜ」


 【堕天使】が、こちらに向かって手を掲げる。周囲の温度が一気に冷え、奴の身体が赤いオーラで包まれた。

 掲げられた手のひらから同色の光が生じ、たちまちのうちに人の頭ほどの球体が形作られる。

 それはまっすぐに、マーガレットへと向けられていた。


「安心しろ、苦痛は一瞬だ。いや、感じる暇もないかな」


「い、いや……っ!」


 赤い光弾が僅かに収縮し、今にも弾けようとする。

 マーガレットは咄嗟にドレスの内側へと手を差し込み、そこにあった硬い感触を握りしめる。

 そしてほとんど無意識に、それを目の前へと突き出した。


「さらばだ、マーガレット」


「――!」


 【堕天使】の掲げられた手元が明滅して赤い光が拡散し、マーガレットの視界は赤一色に染まった。

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