頼れる先輩、ジーク②
「……数は?」
「三だ、ただしサーヴスのようなクソザコじゃねえ」
既にジークは拳銃をホルスターから抜き、両手に一挺ずつ構えていた。リボルバー式のそれは、アルテナの大鎌と同じく特殊な加工と祝福が施された【イービル・イレイス】専用の武器だ。六連式の弾倉には全て、聖別された銀の銃弾が装填されている。
「来るぞ!」
ジークの言葉に答えるように、前方の死角から複数の何かが飛び出してくる。
人間の赤子を少し大きくしたような体躯に、小さな翼。頭部には、髪の代わりに二本の角が申し訳程度の長さで伸びている。全身緑色の体色をしたそれらは、三体で何か細長い棒のようなものを抱えていた。
「グレムリンだ! 気をつけろ、長銃を持ってやがる!」
言葉が終わらない内に、ジークが拳銃の引き金を引く。
片手で扱えるサイズにしてはやけに重厚な発砲音がアルテナの鼓膜を震わせる。ジークの拳銃から発射された銀弾は、長銃を支える内の一体を的確に貫いた。短い断末魔を残して、撃ち抜かれた小悪魔が息絶える。
だが他の二体は、仲間の死に動じなかった。一体が銃身を支え、もう一体が長銃の照準を合わせる。
銃口が向かう先は、アルテナだ。
「っ!」
アルテナは咄嗟に脚を折り、斜め右上へ跳躍した。ほとんど同時に相手の銃口が火を吹く。
左肩の近くを、文字通り光のような速さで銃弾が掠める。ギリギリだが、当たってはいない。
――今のは危なかった。とアルテナは肝を冷やした。
グレムリン。近年になって存在が確認された小悪魔の一種だ。厄介なことに発展した技術に対する高い適応力を持っており、人間が使う最新の武器兵器の類とすこぶる相性が良い。体躯は小柄でも複数まとまって動くことが多く、決して侮れない魔界の尖兵だ。
「気を抜くな! あれは自動小銃だ!」
背後からジークの声が戒めるが、アルテナもそれは分かっていた。そもそも元込めの単発式なんて一世紀以上前の古道具だ。ジークのリボルバーですら六連射が可能な代物である。ましてや敵はグレムリン、構造の複雑な機械の扱いに長ける魔の眷属だ。そんな奴らが携行する武器が、大昔のポンコツとは考えにくい。
アルテナは跳躍した勢いを利用して、ほとんど前方に身を投げ出すように地面に伏せた。
直後、乾いた発砲音が数度鳴り響いてアルテナの頭上を何発もの銃弾が通り過ぎた。今度もまたギリギリだったが、回避は間に合ったようだ。
「調子に乗るんじゃねえ!」
ジークの怒号が轟き、続けざまに撃鉄の音が鳴る。彼のリボルバーから発射された銀弾は、ひとつも狙い違わず残りのグレムリン達に撃ち込まれていった。
先の一体と同じく無惨な骸と化したグレムリン達が、支えるもののいなくなった長銃と共に地に落ちる。長い銃身がコンクリートを叩き、虚しい金属音を奏でた。
「ざっとこんなもんよ」
「さすがですね、先輩」
膝を払いながら、アルテナはジークの実力を改めて確認した。
やはりこの人は、数々の場数を踏んだ歴戦の勇士だ。グレムリンは小柄ではあっても決して油断できない存在であるのにあっさり捌いてみせた。スタンドプレイが多いところは玉に瑕だが、一緒に戦っていてこれほど頼もしい人は他に中々居ない。
彼と一緒ならば、マーガレットもきっと救出できる。
「しっかし建物は古くなってきてんのに、武器だけはいっちょ前に新式かよ。もしかしたら、こうやって油断させようってのが敵の狙いなのかもな」
「それは分かりません。ですが、マーガレットや【堕天使】が向かった先が何処かは、ある程度の見当がつきます」
グレムリンの死体を見分しているジークに向かって、アルテナは例の写真を取り出してみせた。
「恐らくは、この時計塔。ロザリオから発する光も、そこを目指しているものと思われます」
自分達を導く青い光の筋を見据えながら、アルテナはそう結論づけた。