銀の銃弾②
(どうする――!?)
アルテナの心に迷いがよぎった。躱して、カウンターで斬る。その動きのシミュレートが瞬時に何通りも脳内に浮かぶが、敵影を視認できていない所為でどれも確実性に欠け、選ぶのを躊躇する。
たった一瞬、束の間の逡巡だ。だが戦いでは、その一瞬こそが命取りとなる。
それが分かっていながらも、アルテナはその愚を犯してしまった。
(駄目、間に合わ――!)
心を絶望が染めようとする。
――ガァン! ガァン!
その瞬間、稲妻のような音が奔った。同時に二本の銀色の線が飛来して、アルテナの背後に迫る影を貫く。
鈍った鳴き声が聴こえ、影の動きが止まった。
「今だ、アルテナ!」
何処からか背中を押す力強い声が飛んでくる。その瞬間、アルテナの中から絶望も迷いも消え去った。
「――ッ!」
軸足を起点に身体を反転させ、そのまま跳躍する。目と鼻の先まで迫ってきていた黒い大蛇は、アルテナの動きに対応できずフラフラと前後不覚に陥ったように頭部を揺らすだけだ。
そこに二つの大穴が空き、墨汁のような体液が勢いよく吹き出しているのをアルテナは確認した。
思わず、口元が緩む。
やはりあの人は、いざという時とても頼りになる。
「ハアアッ!」
気合いと共に大鎌を一閃させる。手応えは、ほとんどなかった。
橋の上に着地し、振り向いて残心を示した時、黒い大蛇の頭部がすらりとスライドして胴体から離れる様が見て取れた。
首から身体を両断された黒い大蛇の亡骸が、闇色の川へ落ちて沈んでいく。大量の黒い水しぶきが橋の上に降り注ぐ中、アルテナは銀の閃光が飛んできた先を見つめていた。
「遅いですよ、先輩」
「すまんすまん、退屈を紛らわせる為に一眠りしてたんだ」
先ほどまで自分が居た、橋の終わり際。そこに二丁の拳銃をくるくると指で弄び、不敵な笑みを浮かべる黒髪の青年が立っていた。
黒のスラックスに灰色のベスト、その上にえんじ色のフロックコートを羽織った若い男。一見すると戦いの装束には見えないが、服の裏には裏地として聖別された皮革がまんべんなくあしらわれており、怪物に対する一定の防御力を確保している。これは、自分のブレザーやシフォンスカートと同じ仕様だ。
すなわち、【イービル・イレイス】の一員であることの証である。
「起きたらなんかこっち方面が騒がしかったから見に来たんだが、どうやら正解だったようだな。無事な顔を見られて嬉しいぜ、アルテナ」
「わたしも同感です。もう少し早く起きて下さったら、一気にこの件を片付けられたかも知れないですけどね」
「おいおい、危ないところを助けてやったってのに随分な言い草だな。もうちょい先輩に敬意と感謝を示してくれても良いんだぜ?」
「感謝してますよ、もちろん。初任務の新人を置き去りにして、勝手気ままにひとりで先走って、肝心な時だけ欠かさず駆け付けて下さってありがとうございます、ジーク先輩」
アルテナの皮肉たっぷりな感謝に、その男――ジークは不敵な笑みで応えた。