橋上の再会②
ちらっと、下の黒い川へ意識を向ける。今のところ、さざ波ひとつ聴こえない。あの黒い大蛇は大人しくしているようだ。
(来るなら来なさい! いつ姿を現そうと、こっちだってもう心の準備は出来て……きゃっ!?)
不意に、強い風が吹いた。それは思わず目を瞑ってしまうほどで、たまらずマーガレットは足を止めた。
しばらく耐えているうちに風の勢いは弱まり、それからほんの数秒で止んだ。突然自分を襲った突風に心の中で毒づきつつ、マーガレットは恐る恐る目を開ける。
「……えっ!?」
橋の上に、さっきまで無かった人影が立っていた。
アルテナではない。人影の肩越しに、彼女の姿が見える。目を閉じる前と寸分違わず、橋の先でマーガレットが渡り終えるのを待っている。
だがマーガレットにそちらを気にする余裕はない。全ての意識が、突然目の前に現れたその人影へと集中している。
「あなたは……!」
「やあお嬢さん、まだ元気そうで何よりだよ」
紺のスーツにトリルビーハット、それに血のような紅い瞳。人を嘲笑うかのような、不敵な笑み。
間違いない。汽車の中で出会った、あの青年だった。
「どうやら君は、運命に抗う力を十分に持っていたようだな。いや、むしろ運と言った方が適切か?」
青年が、意味深な流し目を背後に送る。
風と共に現れた謎の青年を前に、アルテナも強い警戒心をむき出しにしていた。既に大鎌を手に構え、臨戦態勢を取っている。声も発さずに、彼女はこちらへ駆け寄ろうと足を踏み出した。
「おっと、迂闊に動くなよ。そこからではあまりに距離が遠いだろう?」
青年の言葉が、橋へ戻りかけたアルテナの動きを止める。腰を落とした彼女の顔に、苦渋が滲んでいく様子がマーガレットにも見えた。
「そうそう、それで良い。さすがにしぶとくこの街で好き勝手してきただけあって、冷静な状況判断だぜ」
クックックッ、と喉で嗤い、紅い瞳の青年がマーガレットに向き直る。
「正直、驚いたよ。すぐに喰われると思っていたのに、アイツと出会ってこんなところまでやって来た。世間知らずで何の能もないただのお嬢さんだと思ったが、どうして中々したたかじゃないか」
「あんた……あんたが、この街を創った【堕天使】って奴なの……!?」
マーガレットは、気持ちが圧倒されそうになるのをどうにか堪えて青年に向かって口を開いた。
汽車の中といい、今といい、この男はあからさま過ぎる。マーガレットでなくとも、誰だって予想できるだろう。
果たして、青年は酷薄な笑みを顔に貼り付けたまま頷いた。
「ご明答。リヴァーデンは、俺が用意した“餌場”さ。君らのような人間を誘い、その魂を喰らうためにね」
「いったい、何のためにそんな酷いことを……!?」
「酷いこと?」
青年は、いや【堕天使】は不思議そうに首を傾げた。その目は、本当にマーガレットが言っていることが分からないと言いたげに細められている。
「そんな風に言われるとは心外だな。俺は十分、君達のような人間に報いてきたつもりだ。此処を訪れた連中は、誰もが幸福を享受している。その為のリヴァーデン、その為の契約なんだぜ? 俺が創ったこの街は、多くの人間達の欲望に応えてそれを叶えてきた。君らも散々目にしてきただろ?」
マーガレットは全身が総毛立つのを感じた。欲望を貪ることだけしか頭にないサーヴス達。あんな生ける亡者になることが、此処にやって来た人間の望みだったと言うつもりなのか?