橋上の再会①
「――!?」
マーガレットの声が届く前に、アルテナは素早く戦闘態勢をとっていた。両足を開いて腰を落とし、背中から大鎌を抜き放った彼女の前に、あの黒い大蛇が姿を表す。
――グロロロ……。
喉を低く鳴らしながらアルテナを見つめる黒い大蛇。すぐに襲いかかろうとしている気配はない。
(アルテナがサーヴスかどうかを確かめているのかしら……!?)
マーガレットは固唾をのんで成り行きを見守った。再び川底から飛び出してきたものの、黒い大蛇の様子はさっきまでとは違って物静かだ。アルテナも焦って動いたりはせず、じっと立ち止まって相手の動きを見定めている。
やがて、アルテナに興味を失ったかのように短く鳴くと、黒い大蛇はゆっくりと出てきた闇の川の中へ身体を沈めていった。頭までしっかり潜ってしまうのを見届けてから、マーガレットは詰めていた息を吐いた。
「……ぱっ! はぁぁぁ~~……!」
まさに危機一髪。黒い大蛇が出てきた時は寿命が縮んだが、どうにか戦闘は避けられたようで一安心だ。
アルテナも戦いの構えを解き、マーガレットの方を振り返って安堵の笑みを浮かべている。
「アルテナの読みが当たったね。やっぱりあの黒い大蛇は、サーヴス以外には興味が無いんだ」
苦笑いを浮かべて見守るマーガレットの目の先で、アルテナは無事に橋を渡りきった。周囲の安全を確認した彼女は、こちらを振り返り大きく手を振ってマーガレットにも渡るよう促してくる。
「……え? 私ひとりで渡るの……!?」
アルテナのお陰でそれが可能だと証明されてはいるが、あの黒い大蛇のおぞましい見た目を思い出してマーガレットは身震いした。
恐らく、自分が橋を渡る時にもあいつが出てくるだろう。ああやって、橋に居るのがサーヴスかどうか自分の目で確かめているんだ。襲われないと分かっていても、あんな怪物とひとりで相対するのは御免被りたかった。
「アルテナ、こっちに戻ってきてよぉ~……!」
情けない声で向こう側に渡ったアルテナに念を送るも、当然ながら気付いてもらえる筈もなく、アルテナは不機嫌そうに眉を歪めて早く渡ってこいと身振りで伝えてくるばかりだ。
こうなったら仕方ない。覚悟を決めて、マーガレットは恐る恐る足を踏み出した。
なるべく橋の真ん中を維持して、息を殺しながらおっかなびっくり歩を進めていく。食べられることはないと分かってはいても、いつあの黒い大蛇が出てくるかと思うとどうしようもなく動悸が激しくなる。
(大丈夫、大丈夫よマーガレット……! ロザリオだってあるし! 仮にあいつに見つかっても、アルテナがやったように動かずじっとしていればやり過ごせるに決まっている……!)
何度も胸の内でそう繰り返し、首から下げてドレスの内側に潜ませたロザリオに触れながら怖気づきそうな自分を励ます。そもそも、隠れ家に残れと言われたのにそれを拒否して付いてきたのはマーガレット自身なのだ。こんなことで弱気になってアルテナの足手まといになってどうする。みっともない真似は、淑女のやることではない。
(そうだよ、いつまでもアルテナに頼ってばかりじゃ駄目だ。私だって、頑張れるところを見せないと!)
だんだんと気持ちに余裕が戻ってきた。もしあの黒い大蛇がまた現れても、きっともう取り乱したりしない。自分だってやれるんだって、証明してみせる。
アルテナは変に急かしてきたりはせず、じっと対岸に佇んでマーガレットを見守っている。その事実だけで、心に勇気が湧いてくるじゃないか。
アルテナの姿を灯台に見立て、マーガレットは着実に橋を渡っていく。もうそろそろ半分を過ぎる頃だ。