汚濁の河①
アルテナの言う“先輩”と合流するべく、リヴァーデンの中央区を目指す。
新たに打ち立てた目標を胸中で反芻して、マーガレットはメインストリートの様子を伺った。
「やっぱり、大勢のサーヴス達が居るね……」
「なに? ひょっとしてどっかに消えてくれてたりしないかな~、とか甘い希望を抱いてた?」
「ち、違うわよ!」
悪い笑みを浮かべてからかってくるアルテナに、マーガレットは慌てて首を振った。
「大声を出さないで。ロザリオがあっても気付かれるわよ」
貴女が茶化すからじゃないか、とマーガレットは言いたかったが、本当にサーヴスを呼び寄せても困るので慌てて口を結んだ。
「こっちよ。なるだけ端に沿って進みましょう」
無事に中央区に向かうにはアルテナの先導に任せるしかないが、それでも疑問に思うことはある。
「さっきみたいに、裏路地を通って行かないの?」
「出来ればそうしてるわ。けど、裏は入り組んでる上に中央区へは繋がっていないのよ。だから、どうしてもこのメインストリートを進まないといけないの」
「……気付かれずに行けそう?」
「サーヴスの数は多いけど、道を埋め尽くすほどじゃないわ。奴らの居ない箇所を縫うように進めば、抜けられるはず」
アルテナの言葉には自信が込められていた。彼女がそう言うなら、マーガレットとしては信じるしかない。
サーヴス達が我が物顔で闊歩しているメインストリートを、ロザリオの力で姿を消したアルテナとマーガレットが静々と進む。
何度か危うく近くの個体と接触しそうになったものの、幸運なことに二人はまったく感づかれることなく敵の密集地帯を抜け出せた。
「……良い調子ね。サーヴス共の数も、段々と少なくなってきたわ」
「あとどれくらいで着くの?」
「もうすぐよ。以前の調査でこの先に大橋が架かってることを確かめたの。そこを越えたら、先輩の指定した中央区に入るわ」
アルテナが言った通り、程なくして道を隔てる大きな川と、向こう側とこちらを繋ぐ大きな橋が見えてきた。
「あれね。サーヴスの姿は……よし、見えないわ」
「こんな街にも、川って流れてるんだ……」
ふと興味をそそられて、マーガレットは岸辺に近付き川面を覗き込んでみた。
しかし、すぐに後悔する。
「うっ……! な、なにこれ!?」
その川は、いうなれば汚濁そのものだった。
川面は真っ黒に染められ、一目で濁りきっていると分かる。その上まるで煮えたぎるスープのように、半円の気泡があちこちから浮かんでボコッ、ボコッ、という重くくぐもった音がしている。しかも川面は動いておらず、水流は止まってしまっているようだった。
一体何をどうすれば、こんなに水を汚せるというのか。救いがあるとすれば、見た目がおぞましいだけで臭いがしないことくらいだろうか。
「これ、本当に川なの?」
「これじゃ、ただの汚物溜まりね」
アルテナも顔をしかめて言った。
「まあ、リヴァーデンは現実から切り離された街だから、川が川として機能していないのも驚くことじゃないわ。むしろ、淀みきったこの空間ならこれが当然かも知れないわね」
「どういうこと?」
マーガレットには今ひとつ理解が出来なかったが、幸いにもアルテナは皮肉を言うことなく噛み砕いて説明してくれた。
「川がこんなにも黒く濁って流れも止まっているのは、このリヴァーデンという街そのものが時間の停まった“終わりの街”であることを分かりやすく示唆している、と考えても良いってことよ。人々を誘い込み、欲望に応えられるだけの幻想だけ用意して、でも決してそこに“実”は存在しない。【堕天使】もつくづく趣味が悪いわね」
「終わりの街……」
アルテナの言う通りだ、とマーガレットは思った。こんな場所で、何を願おうと叶うわけがない。マーガレットがこれまで見てきたサーヴス達は、全員何かしらの望みを得ているように見えたが、それらは一切合切が【堕天使】とやらの用意した偽の希望なのだろう。
でなければ、あんな姿になっているものか。