先輩の行方②
「た、確かにさっきは頭に血が上って牧師へのトドメを急ごうとしちゃったけど! あれはたまたまよ! 普段はもっとちゃんと自分をコントロールできてるんだから!」
「分かった分かった、そういうことにしておいてあげる」
顔を赤くしたまま必死に取り繕うアルテナが可愛くて、マーガレットの心にむくむくと悪戯心が湧き上がる。軽い揶揄を含んだ笑みを見たアルテナが、更にヒートアップして猛抗議する。
「何よその顔は! まったく信じてないわね!? ほんとにいつもはもっと冷静なんだから!」
「その割には今とってもカッカしているようだけど?」
「マーガレットが煽るせいでしょ!」
赤黒い空に浮かぶ影の路地を、二人の少女が戯れながら駆け回る。逃げるマーガレットを追うアルテナは、あらゆる仮面を取っ払った彼女本来の姿だと思えた。
それが嬉しくて、マーガレットはついつい状況も忘れてしばらく追いかけっこに興じていた。
「もういいわ! こんなことしている場合じゃないでしょう!」
やがて我に返ったアルテナの一声で余興は打ち切られる。彼女は気分を改めるように大きく息を吐きだすと、
「さっさと行くわよ。遅れたら置いていくからね!」
先程の余韻を振り払うように早々と歩き出した。
「ああ待って! 言い過ぎたのは謝るから!」
マーガレットは慌ててその後に続くものの、言葉とは裏腹に口元は緩んだままだった。
◆◆◆
「やっぱり、まだ帰ってきていない……か」
相変わらずもぬけの殻だった隠れ家に入ると、アルテナは「あ~!」と疲れを隠そうともしない声を出しながらどすんとスツールに腰を下ろした。
マーガレットはそんなアルテナを尻目に、今一度じっくりと隠れ家の中を見渡してみる。
相変わらず殺風景な部屋だが、それでも奥に寄せられている大きな棚と机には自然と目を引かれる。
「そこの棚に入ってるのって、もしかして服?」
「ん~? ええそうよ。戦闘用に調整している軽装で、いざって時にすぐ着替えられるようにしてあるわ」
自分のスカートの裾を気怠そうにつまみ上げながら、アルテナが簡潔に説明する。さっき思い切り二人で騒いだせいか、彼女は段々だらしなさを隠さなくなってきた。
「でもあんな風に畳んで棚に放り込まなくても……。クローゼットとか用意できなかったの?」
「此処に持ってくるのが面倒でね。まあ別に吊り下げなくても機能が損なわれることもないし、着られれば問題ないわ」
やっぱり大雑把じゃないか、という言葉をマーガレットは呑み込んだ。
棚から机へ視線を移動させる。机の上には缶がひとつ置かれてあり、その中に幾本かの工具がまとめられている。アルテナはさっきこれを使って大鎌のメンテナンスを行っていた。
その後ろには資料を貼り付けるためのボードが立てかけられているが、今は全部片付けられていて空白のよう……
「あれ? アルテナ、そこのボードに貼ってある紙って、さっきは無かったよね?」
アルテナがボードを見て、目を丸くする。
「ほんとだ! 先輩、一度此処に帰ってきてたんだ!」
はしゃいだ声でアルテナは机に駆け寄り、ボードから紙を引っ剥がす。さっきまでの疲れた様子はどこへやら、だ。