手がかり②
「なに言ってるの、マーガレット?」
「ううん、なんでもない」
頭に浮かんだ疑問を振り払い、マーガレットは本棚を指差す。
「牧師の手記があったってことはさ、他にも手がかりが見つかるかも知れないよ。私も手伝うから、もう一度一緒に調べてみよう」
「そうね。何か見つけたら、どんなに些細なものでも良いから教えてちょうだい」
マーガレットは、アルテナと並んで一緒に本棚を探った。
こうして同じ作業に勤しんでいると、自分も彼女と等しい立ち位置に立てた気がしてくる。もちろん錯覚だと分かっているが、そんな気分に浸れることにマーガレットは少なからず安堵を覚えていた。
さっき感じた奇妙な劣等感も、こうしていればすぐに頭から追い出せる。
「……あっ」
マーガレットの内心など露ほども知らないだろうアルテナが、不意に声をあげて作業の手を止めた。
「また何か見つかった!?」
弛緩していた気持ちが一気に緊張で塗り潰され、マーガレットは食い入るようにアルテナが引っ張り出したものを見る。
「……この街の、地図?」
それは、何処か街の一角を模写した地図のようだった。
手前に大写しになっている赤レンガの家屋を飛び越えて、奥で天に向かって屹立する立派な時計塔がそびえている。首都の名物となっているかの有名なそれとは比べるべくもないが、ここに描かれている時計塔も中々に巨大で目立つ造りをしていた。
「これ、時計塔だよね? この街にそんなものあったっけ?」
「……分からないわ。リヴァーデンの地理情報はあらかた頭に入っているけど、こんな時計塔なんて見たことがない」
アルテナも首を捻っていた。彼女にも心当たりがなければお手上げだ。
「もしかしたら、関係ないのかもね」
「そうね……いえ、待って」
アルテナは何かに気付いたのか、もう一度目を皿のようにして地図を見ている。
「この手前の家屋、これは一昔前に流行った建築様式ね。リヴァーデンではあまり目にすることは無いわ」
「え?」
言われてマーガレットも地図を見直した。しかし、違いが分からない。
「赤レンガの家なら、ここに来るまで散々見たけど?」
「積み上げ方が違うのよ。ほらこの角、普通は縦横ひとつずつ交差させて積み上げるけど、この家は全部同じ方向で並べているわ」
「あ、本当だ……!」
アルテナの指摘した通り、地図に描かれている家は赤レンガを同一方向に並べた上でそれを直角に結んで角を作っている。強度が弱くなるとかで、今日では忌まれている建築方法だ。
「この地図に描かれている場所って、街の中でも相当歴史の古い区画なのかな?」
この世ならざる力で生まれた街に歴史も何も無いとは思うものの、それでも地図に描かれた風景から何らかの意図が感じられて仕方がない。
アルテナなら、ここから何か読み取れるだろうか? マーガレットは期待の眼差しで彼女を見つめた。
「……ごめんなさい。今は、分からないわ」
「そう……。でもでも、本の中に挟まっていたってことは何か重要な秘密なのかも! 調べてみる価値はあるよ、きっと!」
落胆を顔に出さないように、努めて明るく前向きな提案をするマーガレット。
それに触発されたかどうかは分からないが、アルテナは深く頷いて意外なことを言った。
「そうね。もしかしたら、彼の方で何か掴んでいるかも知れないし」
「え? 彼、って……?」
一瞬きょとんとするマーガレットだが、すぐに思い至った。
「ああ! もしかして、一緒にこの街に来た先輩って人?」
「そうよ。ぼちぼち良い頃合いだし、彼を探して合流しましょう」
丁寧に地図を畳んでポケットに仕舞い、アルテナは不敵に唇の端を吊り上げた。